この作品は、本所真っ暗町の妖怪長屋を舞台に繰り広げられる壮大で胸がわくわくする物語のはじまりである。これまで歴史もの、とくに室町物の優れた短編小説をいくつも書かれた朝松健氏だが、本作においてもその練達の筆や語り口はなお一層冴えわたり、さまざまな歴史的事実や事件を単なる披瀝や羅列に終わらせることなく、それらを複層的に重ね合わせからませ氏一流の味付けを施すことによって、江戸時代の市井の妖怪や人々の息遣いを見事にユーモラスに描き出すことに成功している。だから、読み手は本作を手に取るや一気に読み進めずにはおられないのである。現代の閉塞きわまりない時代に、かような胸のすくような小説が待たれていた。痛快なる傑作シリーズの誕生を心から喜びたい。続編が今から楽しみだ。
奇譚ではなく鬼譚。
最初の方の段階でクトゥルー神話を知っている人には、何が起きているかおぼろげながら見当がつく様になっている辺りは心憎い構成。都市伝説を効果的に利用している辺りは、超自然に関して常に流行を意識して取り込んでいたラヴクラフトのやり方にも似ている。
英訳もされた「クン・ヤンの女王」で言及されている著者の創造したヨス=トラゴンの名がここでも登場し、しかもユゴスで崇拝され夜刀浦の神でもあるらしい。更にヨス=トラゴンに仕える存在らしい電磁波生命体のイルエヰックの名前も登場。しかし只でさえ発音し辛い名前が余計に発音しにくい名前に・・・父が若い頃、一度だけ聞いた事があるそうだが、”ヰ”の音なんて発音出来る人、滅多に居ないだろう。
「恐怖まだ終わらず」のラストも美事。
それにしてもヒロインがおそらく「深き者」の血を引いているのだろうが、結局、彼女が変貌するまでは描かれなかった。それとも続編か夜刀浦を舞台にした別作品で、描かれるのだろうか。
真っ暗町のお化け長屋の面々と、彼らに救われ、蘇生した田宮流抜刀術の達人、新次郎。 一巻目はこの長屋の地所の地下に埋められているお宝をねらう青山播磨一党と彼らの戦いでしたが、今回もそのお宝の正体を知らないまま、立ち退きをせまってくる赤坂主膳とその手先の佐波倉一角による幕府転覆計画が。 お化け長屋の住民の見守る前で、この佐波倉を父の仇と名指しして、斬りかかる水戸藩の姉弟。しかしあえなく斬られてしまい、妖怪たちはこのふたりを介抱し、新次郎とともに仇討ちの後押しをすることになります。 前巻のキーパースンが「お宝」の本体、福の神の少年、福太郎であったとすれば、今回は、皿屋敷の怪談にも出てくるお菊の幽霊でしょうか。妖怪たちを翻弄したり、仇討ち姉弟の弟の美少年にせまったり、と面白いキャラクターを見せてくれます。前の巻に引き続いて、野襖の弥次郎兵衛、小豆洗いの豆蔵、うわばみの精、お奇多ら、個性ゆたかな妖怪たちが大活躍。彼らはふだんは人間の姿をして仕事にも出ており、ほれっぽくて情が深く、愛すべき面々です。
そして「本格」とタイトルに書いたのは、彼らが実に自然にこの時代と風土に根付いているから。 最近増えてきたライトノベル系の妖怪物語では、妖怪がアニメのように綺麗だったり、時代の匂いがなかったりもしますが、このシリーズの妖怪はまぎれもなくなまなましくてクリーチャー。「天然自然の〈気〉から生まれ、〈気〉を生気の源泉とする妖怪」と作者は書いていますが、狸の杢兵衛、ひょうすべの将吉、ぬりかべ、見越し入道などが、獣くさい匂いをむんむんさせながら息づいています。日本の自然の中から生まれてきたままの妖怪を再現してくれた気がします。 なかでも「押し貸し」は、厠に行きたいという生理的欲求を人間に押しつけてしまうという妖怪ならではのわざで、これが今回はキーともなり、何とも笑えます。
新次郎の猛姉お勢も姿を見せますし、人のよいやくざ二人組も再登場、白蛇のお奇多ねえさんのあだっぽさ、そして恨みつらみと惚れっぽさの同居する幽霊お菊もどうやら長屋にいついてしまうようで、この独特の楽しい妖怪世界にまだまだ浸れそうです。
新刑事コロンボでは「大当たりの死Death Hits the Jackpot」の名前で映像化されている作品。
3000万ドルの宝くじを当てたカメラマンの死が発端となる。各章の名前はすべてカクテルの名前というしゃれた雰囲気で、謎解きにもカクテルの名前が絡む。チンパンジーの指紋が決め手という想像を超える意外性が最高。
コロンボには「初老の男」という言葉が使われ、結婚25周年を迎えることなど、結構たくさん出てくるエピソードによって、この頃のコロンボの具体的雰囲気が上手く表現されている。事件解決直後「誰にも邪魔されずにカミさんと旅行へ行こう」とつぶやくコロンボ。なんて素敵なハッピーエンド。
世にも稀なるものを蒐集することに憑かれた人たち。 蒐集する行為が引き寄せてしまう人外魔境の妖しの世界。 書き手によって様々に料理された短篇の妙味を、随所に感じた。 特に印象に残った作品は、浅暮三文の「參」と、中島らもの「DECO-CHIN」。 前者は、摩訶不思議な漢字が繋がっていく趣向が面白かった。 後者は、急逝した中島らもさんが事故三日前に書き上げた遺作。書き手の魂が作品にこもった傑作。読後、「これは凄い!」と唸った。 この二作以外では、夢枕 獏の「陰陽師 蚓喰(みみずく)法師」、北原尚彦「愛書家倶楽部」、沖方 丁「箱」、早見裕司「終夜図書館」、飛鳥部勝則「プロセルピナ」に、◎を付けた。 今まで読んだ「異形コレクション」シリーズのなかでも、上位に置きたい一冊である。 この手のホラー小説、ダークファンタジーのアンソロジーがお好きな方に、ぜひ御一読をとお薦めしたい。
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