130巻、526,500字に及ぶ膨大な『史記』を著したのは司馬遷であるが、この著作を無味乾燥な歴史書ではなく、生き生きとした迫力ある人間ドラマに仕立て上げたのは、司馬遷の屈折した人生観と激しい怨念であった。
漢の武将、李陵が匈奴の大軍と戦って捕虜となったとき、司馬遷が独り李陵を弁護したことが武帝の怒りを買い、宮刑(去勢)に処せられてしまうのである。この屈辱をバネに、その憤りを著述にぶつけ、遂に完成させたのが『史記』であった。
この経緯は、中島 敦の小説『李陵』(中島 敦著、新潮文庫。ほかに『山月記』等3編が収められている)に独特の文体で格調高く描かれている。
「司馬遷は生き恥さらした男である」という書き出しで始まる『司馬遷――史記の世界』(武田泰淳著、講談社文芸文庫)は、司馬遷という人物を理解し、『史記』の全体像を知るのに恰好の書である。
武帝は、英明な皇帝から蒙昧に近い独裁者となり、死を恐れおびえるようになる。 蘇武は、匈奴に囚われて北方に追放され、過酷な極寒の地で工夫を重ねて生き延びる。 李陵は、5千対8万の圧倒的な大差の戦に敗れて匈奴に投降するが、厚遇される。 司馬遷は、李陵を弁護して処罰されるが、公的時間には皇帝の身近で記録する役職に就き、 私的時間には、父の残した歴史書を書き継ぐこととなる。
とうとうと流れる時に抗い、力強く生き抜く男たちを雄渾な筆致で描ききる。
日本のプロの作家の文体は、源氏物語系列と平家物語系列の二つに大別できる。ヤマトことばを使って長めの文章をダラダラつなげる作風は、泉鏡花や谷崎潤一郎がその代表者。和漢混交文でキビキビ決める作家は、菊地寛や梶井基次郎などがいる。私は、平家物語の簡潔な書き方を愛するから、源氏物語式のダラダラ文は読むと虫酸が走る。
中島敦の文体は、私好みでまことに結構である。芥川賞候補になったスチーブンソンの南方での生活を日記風につづった作品は、ワルくはないが、賞には向かない作品。あれは小説とは言えないのではないか。
中島敦は、漢文以外に取材したものも多く書いている。若くして死んだので、全集といっても格段に作品数が少ない。ひまなひとは、全集を読んでみよう。
歴史が好きな私の、歴史との出会いは横山氏の三国志が始まりです。 おかげで、今でも、活字・マンガにかぎらず、さまざまなものを歴史に求めるようになっています。 史記はご存知、漢の武帝の時代に歴史を綴った司馬遷の生涯を通しての作品である。 第一話 司馬遷 司馬遷の史記に生涯を打ち込むいきさつを描写。 第二話 名宰相・管仲 春秋時代の覇者 斉の桓公の宰相・管仲を描いています。 衣食足りて・・・などの名言が残っています。法家思想の源泉の一派だと思われる。
130巻、526,500字に及ぶ膨大な『史記』を著したのは司馬遷であるが、この著作を無味乾燥な歴史書ではなく、生き生きとした迫力ある人間ドラマに仕立て上げたのは、司馬遷の屈折した人生観と激しい怨念であった。
漢の武将、李陵が匈奴の大軍と戦って捕虜となったとき、司馬遷が独り李陵を弁護したことが武帝の怒りを買い、宮刑(去勢)に処せられてしまうのである。この屈辱をバネに、その憤りを著述にぶつけ、遂に完成させたのが『史記』であった。
この経緯は、中島 敦の小説『李陵』(中島 敦著、新潮文庫。ほかに『山月記』等3編が収められている)に独特の文体で格調高く描かれている。
「司馬遷は生き恥さらした男である」という書き出しで始まる『司馬遷――史記の世界』(武田泰淳著、講談社文芸文庫)は、司馬遷という人物を理解し、『史記』の全体像を知るのに恰好の書である。
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