私が、本へ、のめりこむきっかけとなったのも、一冊の岩波少年文庫との出逢いでした。中学生の頃だったと思います。本の面白さに目覚め、それからは、あらゆるジャンルの作品を読みまくりました。一冊の本との偶然の出逢いが、その後の私の人生を豊かにしてくれました。
宮崎駿さんは、お薦めの岩波少年文庫50冊について、友人である小学生に伝わるように書いたと、本書で語っています。このため、選ばれた50冊の紹介は、とても優しい語り口となっています。
宮崎アニメの原点が、理解できたような気がします。
紹介された50冊のすべてを読んでいません(宮崎さん自身も、読んでいないものがあると語っています。)が、私の出会ったあの一冊(書名は、自分の胸の中に、しまっておきます。)も取り上げられていました。改めて、もう一度、読み直して見たいと思っています。
宮崎さんは、本書の中で、「自分にとって、とても大事な一冊にめぐり逢うことが大切であり、そのきっかけになって欲しい。」と、語っています。素敵な、心にしみるメッセージです。
これは、自然の中で死んだ動物が、その後どういう風に変化していくかをとらえたものである。さて、そのことからあなたはどんな風景を想像するだろうか? この中には3つの死が記録されている。それは秋の死、冬の死、春の死である。死は、それぞれの季節によって、違った経過をたどる。ただ、共通していえることは、死骸は他の生き物の餌になり、かつて生きた体を形成していた物質が様々な形となって循環していく。そして、死骸は跡形もなく消えていくということだ。その様子を見ていると、生き物の死には、そのように物質を循環させるための様々な仕組みが組み込まれていることに気付く。 生物は生きるために死を避けなければならない。しかし、生きているものにとって死は避けられない。現代人は死を避けることをひたすら追及し、死そのものを目の前から遠ざけてもきた。そんな現代人に、この一連の写真が語りかけてくるものは深い。
古来より多くの仏教者が原典を求めてインドへ向かった。それは手垢がついて拡大解釈され、曲解された教えに疑問をもち、原典を読むことによって真実、釈尊の教えを知ろうとしたかったからだ。
その意味では原典を直接邦訳したこの本はその肉体的旅路を省いてくれる。三蔵法師が命を賭けて探した原典を私達は簡単に手に入れることができる。
「迷路もの」が大好きだった年長の息子がはまっています。ほどほど難しい問題もあり、楽しみながらできる頭のトレーニングまたは算数の導入として、有効と思います。各頁に例題があり、親がいちいちやり方を説明しなくてよい点は、ありがたいです。
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