聞き慣れた曲を斬新な解釈で楽しませてくれるシュタイアーですが、本CDの衝撃度は、グールド盤、サイ盤以上でした。K331、割りと真っ当に始まりますが、トルコ行進曲として知られる第三楽章の途中から、ノリノリの即興モードに突入します。現在、本CD(K330-332)の他に録音されているのはK282とK457を収録した一枚だけですが、是非、全集にして欲しいです。
使用したチェンバロ「ハス作のアンソニー・サイディによる複製」の音色と録音の両方が凄いのだろう。繊細、優雅といったチェンバロのイメージを覆すまるでオルガンのような荘厳な響きが圧倒的。この音空間は体験してみるに値する。
DVDでシュタイアーが語っているが、3変奏ごとに1つの組曲であること、そして第15変奏が前半の区切り、第16変奏が後半の始まりというこの曲の構造を意識した演奏。例えば第16変奏はアクセルを全開にしたかのような力の入った演奏で、きらびやかさが強調される。また、ある変奏が終わって残響が減衰してゆく様がこれほどくっきり聴こえ、次の変奏が始まるまでの間のとり方の妙に注意が向くチェンバロの演奏・録音はそうはないだろう。
このように演奏・録音ともに素晴しいの一言だが、このエディションが最善だったかは疑問。CDもDVDも輸入盤で、若干の日本語解説+原文添付資料中のシュタイアー自身によるライナーノート部分の日本語訳のみ。DVDに日本語字幕はなく、日本語解説は参考にはなるが、DVDでの彼のコメントの全訳ではない。早口ではないので、英語に自信のある人は英文字幕だけでも十分だと思う。
生気に満ち、きらびやかで、豊穣でありながら、繊細で、心地よいバランスを外さない、驚くべき演奏です。第28変奏では、夜明けの空にさまざまな鳥のさえずりが満ち溢れるようです。第29変奏では、巨木の生い茂る森の生態系にまばゆい朝の光が降り注ぎ、草木の緑を輝かせるさまが浮かんできました。
「冬の旅」といえば、戦前のSP盤のゲルハルト・ヒュッシュ、LP時代のディートリッヒ・フィッシャー・ディースカウ(伴奏者を変えて複数枚あるが、よく聴かれているのはジェラルド・ムーアと録れた盤)を挙げるのがお約束。録音の古いヒュッシュはともかく、フィッシャー・ディースカウ盤はこれ1枚持ってれば(よほどのドイツ・リート好き以外は)他の盤は要らない…とここ30年、磐石の評価を得てきたまさに『決定盤』。わたしもこの2枚を聴いて、他の盤には手を出さずにきたんだが、店頭でこのジャケットを見かけて、その写真の美しさにやられた。中身はあまり期待してなかったんだが、聴いてみるとこれが大変に良くて吃驚。SPのヒュッシュ盤、LPのディースカウ盤とは音の透明感がまるでちがう。1996年録音、まさにCD時代の「冬の旅」。もちろん、録音状態だけでなく、歌唱・ピアノ伴奏、共に素晴らしい。歌唱のクリストフ・プレガルディエン、ピアノのアンドレアス・シュタイアー、それぞれ1956年・55年の生まれで(この世界としては)若い、新しい世代の才能である。「冬の旅」のような『決定盤』のある曲では、なかなか新しい録音に手が伸びないが、たまには新しい盤も聴いてみるものだなと思った。
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