『軍神』という言葉を調べると、「壮烈な戦死を遂げて神格化された軍人」とあります。この言葉の範疇内であれば、本書の主人公である広瀬武夫だけでなく、大東亜戦争で勇敢に戦い、そして散っていった軍人も含まれています。
しかしやはり、言葉の響きからして、『神』として崇められる対象なればこそ、先の戦争において、日本国を守護せしめんと尽力した功績を持つ者が、所謂『軍神』なのではないか、と(半ば偏見ですが)考えてしまいます。そうした意味で言えば、海軍に属していた広瀬武夫の、単純な功績「だけ」で考えれば、『軍神』と称されるのは程遠いのではないか、と。
では何故、彼は軍神と崇められたに至ったのか。それは、彼の日本という国に対する一方ならぬ熱い想いと、触れ合った人達に対する情と敬意を示したことによる賜物ではないか、と思います。
幼いころから武家の本分を全うするように生きよと祖母から厳しく育てられた傍らで、国の行く末を案じ諸所奔走した坂本龍馬を尊敬した少年時代。兄と同様に海軍に属しながらも、あくまで現場叩き上げの人間であることに没頭し精進する。質実剛健でありながらも木目細かく、部下思いで誰に対しても紳士的で優しい。その人柄は、海軍内だけでなく、世界中にも日の本の紳士として広く知れ渡る。それが、『軍神・広瀬武夫』の最大の魅力だと思います。
NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』を鑑賞し、豪華キャストがひしめく中で一際印象深かったのが、藤本隆弘さんが演じる広瀬武夫でした。それが元で、僕は、藤本隆弘さんだけでなく、広瀬武夫にも興味を持ち、本書を読むに至りました。
広瀬武夫だけでなく、明治の文明開化から、日露戦争に至るまでの、必死になって生き抜こうとしていく男たちは、何者にも増して熱い! 帝国主義を謳歌する西欧列強の、アジア浸食を目の当たりにしたからこそ、なのかもしれません。軍人だけでなく、政治家から、それを支える女性たちに至るまで、危機感を抱きながらも、楽観的で、一歩間違えれば死と隷属と屈辱と隣り合わせなのに、それをも楽しみ、笑い飛ばそうとする意気込み。そして、当の広瀬武夫も、雄大な土地と豊富な資源、強大な軍艦を何隻も抱えるロシアの脅威に晒されながらも、持前の気力と豪胆さ、そして積み重ねてきた努力によって、懸命に研究を重ね、如何にして日本を守り抜くかを必死になって考えていきます。
『坂の上の雲』では、広瀬武夫のエピソードはあまりありませんので、広瀬武夫に注力した本書は、非常に深く読み、楽しむことが出来ました。
そして、何といってもロシア留学中に訪れるロマンス。アズアリナ・コヴァリスカヤとの出会い、文通。女性嫌いというより、女性よりも海軍・柔道・漢詩にのめり込んできた鈍感者の気持ちの変化。しかもそれが、仮想敵国の貴族の御令嬢とは。
ロシア留学時代に、大変お世話になって人たちに、もしかしたらこれから牙を向けなければならないという苦渋の決断もさることながら、その人たちの中に心から愛してしまった人が含まれているとなると、その苛まれる気持ちや、如何ばかりのことでしょう。
そんな中でも、「これはちょっとどうかと思う」というような鈍感ぶりの会話が、まるで歯が浮き砂を吐いてしまうようなセリフを口にするようになるとは。いやはや、人の出会いはどうなるか分かりませんな、と思ってしまうエピソード。
とは言え、そのほとんどは、僕が心から尊敬する広瀬武夫像そのままです。素直で、正直で、豪快で、でも優しくて大きい。そんな彼の人となり、そして日本を守ることに対する彼の想いが綴られた一冊です。
この本は編著であり著者が多い。編著の宿命としては 求心力に欠けて いささか散漫になる点がある。その意味では本書も それを免れていない。
この本の「徳」は 秋山自身が書いた文章が比較的よく紹介されている点にある。秋山真之の有名な点は 「秋山文学」とさえ言われた その美文にある。いくつか紹介されている秋山の文章は 流石に古くさいが それでも 音読してみると その響きがよく分かる。漢文を日本語に「翻訳」した際に 発生した 文章の美学には 時々嘆息するのみである。
こんな美しい日本語がかつて有った。この点で 明治と平成を比べると 小生は 明治に軍配を上げてしまう。
NHKドラマ「坂の上の雲」で広瀬武夫を演じ注目された藤本さんの
人生自体がドラマチックである。
それは本から伝わってくる。
ただ残念なのは文章。あまりに軽すぎるし、表現が薄っぺらい。
藤本さんの魅力は星5つ、本自体の評価としてはこれである。
広瀬武夫と言えば、旅順港封鎖作戦で部下の安否を気遣いながら壮烈な戦死を遂げた英雄として戦前は唱歌にも歌われ、馴染み深い存在でした。戦後は軍人は軍国主義の手先として忌み嫌われていましたが、忘れもしない昭和34年夏、書店で「ロシヤにおける広瀬武夫」と題する一書を見つけたときは、本当に驚いた。どこの変人がいまどきこんな本を書いたのかといぶかりつつ目を通したのが本書との出会いでした。
物語は明治30年正月、若き広瀬が今をときめく海軍少将山本権兵衛を訪ね、同僚と山本令嬢との縁談解消を申し入れるところから始まる。この広瀬の侠気が山本の目にとまり、広瀬はロシア留学生に抜擢され、サンクト・ペテルブルクに赴任、各地を視察しながらロシヤ研究に没頭します。そして明治35年3月、シベリア経由で帰国するまでの広瀬の生活、活動、心理が、ロシア貴族令嬢とのロマンスをまじえながら、ドキュメンタリー風に活写されます。登場人物に直接話法で心の動きを語らせる島田教授の手法と流麗な文体は、本書が学術研究書であることを忘れさせ、読者を虜にしてはなさない。
広瀬の戦死を伝え聞いたある令嬢が敵国日本の広瀬家に外国経由で送った哀切きわまりない悔やみ状が全文引用されています。広瀬が留学先でどんなに敬愛されていたかを証する玉章です。わが国の戦士たちが、威厳があり、しかも謙虚な紳士であった時代、武骨ながらも「徳あり、才あり、風流あり」の戦士広瀬武夫の青春を描ききった本書は、永く読み継がれるべき珠玉の一篇です。
秋山兄弟についての本はたくさんありますが、同時代の広瀬武夫についての本はそんなに多くはないようです。ですので、この本はとても貴重ですね。読みやすいので、中高校生でも読めると思います。明治時代にこれほど国際感覚に優れ、武人としても勇敢で行動力があり、律儀で一般の人からも人気があった広瀬武夫のことを、今の人たちに、もっと知ってもらいたいです。我が家では親子三代で回し読みしました。昭和一桁の父が「広瀬中佐」を歌いだし、みんなで拍手喝采でした。
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