音の幅が小さいというのでなくて、良い意味できっかりとまとまっているアルバム。内向きな印象のある、愛らしい曲が並ぶ。当時のコンピューターの表現力の限界が、かえってまとまった印象を与えるから不思議。誠に音の職人魂の、小さくて大きな仕事と申せましょう。
アシュケナージの70歳を記念して、彼の旧録音が一斉にリリースされた。どれも私がLP時代に親しんだ録音であり、CDで所有していない音源については一通り購入させてもらった。聴いてみると、懐かしさとともに、いまなお魅力いっぱいの演奏にあらためて感じ入った。
アシュケナージは、シューベルトのピアノソナタに関しては若い頃に13番、14番、17番、18番の4曲を録音していて、あとデジタル期に20番、21番の後期の2曲を録音しているが、どれもふさわしい時期に録音されたと思う。
ソナタ第13番はシューベルトらしいメロディの甘美さと、細やかな情感の漂う曲だが、アシュケナージはそれを表現する上で最良の資質を持っているピアニストであると思われる。こまやかなニュアンスもほほえましく、心温まる演奏だ。
17番は冗長な面のある曲なだけに、ある程度の勢いを持って曲の方向性をある程度リードした演奏であるが、そこでも「弾き飛ばし」にならないような配慮が張り巡らされており、安心して最後まで聴くことができる。第2楽章の移行主題の美しい膨らみが、何と言っても印象的だ。
ハンガリアン・メロディーも愛すべき小品だが、相応しい優美さを持った演奏となっている。
映画「アマデウス」の中で、モーツァルトがリクエストに応えてバッハ等有名作曲家のスタイルで次々に即興演奏する場面があるが、あれと同様のことをビートルズの曲を素材にして、ピアノ1台の演奏でアルバム1枚やり通した作品。ビートルズの曲と有名クラシック作曲家の曲のスタイルの両方を知っていれば、楽しさがそれだけ増す。
ショパン風の繊細なイエスタデイ、モーツァルトの玉を転がすような調子のオブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ、しっかり前奏曲とフーガの作りになっているヘイ・ジュード、ドビュッシー的色彩感覚にとんだイン・マイ・ライフ、サティ風の静かな曲に一変したハロー・グッド・バイ、ジャジーな味付けのガーシュイン風アイ・ウォナ・ビー・ユア・マンは、クラシック・ピアノに詳しくない人でもわかりやすくて面白いだろう。3分前後の短い演奏が多いが、各作曲家の個性をよく捉えている。
最後の演奏がグロリュー風といっても、誰もグロリューが作った曲を知らないから、勝手にアレンジしましたという程度の意味しかない等、つっこみ所はあるが、それも楽しいお遊びと考えればよいだろう。異色のビートルズ・カヴァー作だが、LP時代にヒットしたことが納得できる、才気に満ちた作品だ。音も古さを感じさせない。
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