この映画を劇場で見たのは、学生時代、今から何十年か前のこと。
古代肖像壁画の青年が、生身の姿となって、古代ローマを舞台で繰り広げる映像劇。 過剰ともいえる色彩とドギツいシーンの連続である。 しかし、ところどころに、ハッとするほどの美少女や美少年が登場する。 最高の映像美の世界である。 そして、最期は再び、登場人物たちが壁画世界に戻ってゆく。
話が途中で飛躍するのは、ペトロニウスの原作が断片的であるがゆえであるが、それが かえって新鮮な印象を与える。
マイベスト映画の一本は、同じ監督のリアル・ヒューマンな「道」であるが、こちらは そのような人間描写とは対極にある作品だ。
フェリーニ監督の描く世界の幅の広さに脱帽するしかない。
イマイチではないのでしょうか。 お気に入りの「サテュリコン」が映像化されているらしいと最近知り購入したのですが、うーん…。 原作があるものが映像化されると往々にして何かしら不満が出てくるものですが、これは特にがっかりが多かったです。 ※特にギトン(映画ではジトーネ)がアスキュルトス(アシルト)についていったっきりエンコルピウス(エンコルピオ)の元に戻らなかったところが残念。 これはもう「サテリコン」という新たな一つの作品だと思ってみたほうがいいですね。 そう見ると映像と音楽はなかなか目を楽しませてくれます。特に秀逸なのは神の子!人間とは思えない美しさと不気味さを兼ね備えた子です。この子を見る為に買ったんだと思うなら惜しくはありません。 しかし総合評価としては☆3です。
コンピレーションCDに収録されてた“Fuel For Hatred”でSATYRICONを初体験、その邪悪にしてキャッチーなブラックメタルに心奪われ、前作『NOW,DIABOLICAL』や雑誌のインタビューを見聞し益々フェイバリットバンドとなりました。2年ぶりとなる今作は暴君ネロを題したコンセプトアルバムですが前作同様のSATYRICON流メタルが一貫しており肩肘張らず気軽に(?)聴ける内容となってます。EMPEROR亡き今となってはSATYRICONは貴重な存在death。
著者は「クォ・ヴァディス」に古代の美意識の体現者として登場するペトロニウス。 「クォ・ヴァディス」作中では優雅・高貴・洗練・有能といった近代的な貴族意識の権化として描写されていましたが、この本を読むと、本当のペトロニウスはちょっと違うぞ。 なんていうか、もっとぶっちゃけた感じで。 これがアルカイックな、古代の美意識ってやつ? 人と人の殺し合いを娯楽として楽しみ、さらにそこに人間性や美意識を感じていた時代ですから、「高雅」の基準も今とは違う。エロあり、グロあり。 諷刺小説だから、当時の風俗が誇張されて書かれているはずで。 どこがどこ程度誇張されているのがわからないのが読み手としては辛いところですが。 この本のネタになるような事柄は、あったはず。 かの「トリマルキオンの饗宴」についても。 ほぼ同時代人の小プリニウスの書簡集と合わせて読むと、「トリマルキオンの饗宴」を催した解放奴隷のモデルになったのは誰かを類推する、なんて楽しみ方もできます。
フェリーニの想い描いた、ウソっぱちの古代ローマ世界が 次から次へと目の前を通り過ぎてゆく様は、正に圧巻です! そこで描かれるのは、 男色、裏切り、人身売買、天災、祝宴、飽食、淫乱、乱交、 異教、奇形、戦争、奴隷、暗殺、死肉喰.... 書き出してみれば、もうそりゃキリがないほどの およそ人間がやっている罪深い行為の一大展覧会で、 正直、始めのうちはあまりの異世界ぶりに打ちのめされ、 抵抗を感じました。 が、不思議な事に見終わった後では、まだこの中に浸っていたい、 と感じさせる魅惑的な夢幻世界です。 まるで巨大なフレスコ画やグロテスクな彫刻の数々を、 時間の流れを溯れる小舟にでも乗せられて見せつけられるこの映画は、 『フェリーニ・ランド古代ローマ版ジャングル・クルーズ』 とでもいえば、一番雰囲気を伝えているような気がします。
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