Elvis (Kurt Russell) - Blue Moon of Kentucky (1979 film)

　彼はとても複雑な人間です。溢れる才能を持ちながら、酒と女にうつつを抜かし、肺を病んでいます。羅針盤を失った船のように漂って、人生の終わりを待っているかのよう。敵対するグループの一人、リンゴについて彼はこう評します。「奴の体の真ん中にも、穴があいてるんだ。」では、ドクの心を吹き飛ばした過去とは、どんなものだったのでしょうか。

　ラストシーンの病床で、１５歳のいとことの初恋をワイアットに話します。それは許されない恋でした。たった二行ほどの台詞なのに、その時の模様が、心の中で鮮やかに浮かんでくるのです。

　ラテン語を操るほど聡明で、ピアノでショパンを奏でる豊かな感性を持った、美しい少年。その柔らかな心を打ちのめした絶望は、その後の人生で消えることがなかったのです。
　　

　映像で語られなかった、はるか以前の出来事。それを想像して胸を締め付けられるなんて、初めてです。私にはこの映画のすべてが、このための伏線であるように思えました。

　男の美学において、この映画のドク・ホリデイが私のナンバーワンです。静かに落ちて行きつつ、残りの力でワイアットを助けます。仁の人であって、敵に対しては最強の兵器。酔いつぶれながら、決して狙いを外さない銃の腕。（これは実話だそうです。）そしてなにより、ウィットに富んだインテリで、女の扱いに長けた美男ときます。皮肉にも、彼の不幸が、魅力にさらなる輝きを与えるのです。

　ドクを演じたヴァル・キルマーにとっても、最高の一本だったように思います。