誠実で力強く、美しい映画だと思う。アメリカが最も貧困に喘いだ時代に、全国を放浪しつつ、無垢の民に勇気と希望を与えたフォーク・シンガーとして、ボブ・ディランに、"私にとって、最初で最後のHERO"と呼ばれたウディ・ガスリー。今作は、彼が故郷のテキサスを離れ、"夢の街"カリフォルニアで見た苛酷で厳しい現実を契機に、プロテスト・シンガーとしての道を毅然と歩き始めるまでの人生に焦点が当てられている。資本家や農場主に劣悪な労働条件と安賃金、否、誇大募集で集められ、職にも就けず、行き場もなく、移民キャンプで野宿暮らしをする人々に、団結とストライキ、ユニオン結成を呼びかけるウディ。でも、本当に感動的なのは、そんな階級闘争的な部分よりも、その誇り高さと平等心と正義感、そして民衆への連帯感(仲間意識)が、静かに、しかし脈々と熱く流れている処だ。ホーボーやヒッチハイク(それは、家財道具一式を詰込んだおんぼろトラックであったり、荷車であったりする)、時にはひたすら広漠した大地を歩きつつ(WALKING,TALKING)放浪を続けるシーンの安穏さ、知り合う仲間たちとの、束の間の友情(恋愛)と別れの潔さを観て欲しい。ラスト、NYに向かう列車に飛び乗るウディの姿に重なる"ディズ・ランド・イズ・ユア・ランド"の歌声に、ウディ・ガスリー本人の魂の叫びに痺れます。吹き替えなしで歌とギターをこなしたデビット・キャラダイン、全編フラッシングを掛け、1930年代の大恐慌期のくすんだパステル・タッチの色調を捉えた、名カメラマンハスケル・ウェクスラー(恐らく、この作品は、映画が誕生して以来、多分最初で最後であろうオープニングのクレジットで、撮影監督が真っ先に紹介される!)と共に、ニューシネマを代表するハル・アシュビーによる、これは70年代の屈指の秀作。
ウッディ・ガスリーはすで著作権のなくなった歴史的音源、 同様のコンピレーションはこれから世界各国で毎月のように発売されるだろうが本作は代表曲網羅で収録曲多くかつ廉価でなかなか良い、 以下「わが祖国」が実はアメリカ合衆国を歌った歌ではないことを記す、 全詩をのせて逐語訳しようかと思ったがとても長い歌なので特徴をあぶりだすために同曲をカバーしているブルース・スプリングスティーンが省略している部分を取り上げてみます、 以下は英詩と直訳
"This Land Is Your Land"
As I was walkin' 俺が歩いていると I saw a sign there そこに看板が見えた And that sign said no trespassin" 看板には進入禁止と書かれていた But on the otherside でもその裏側には It didn't say nothing! 何もなかったんだぜ! Now that side was made for you and me いまじゃそこ(看板の裏側を指す)は俺とお前のために作ったってでてるのさ
ブルース・スプリングスティーンはこの段落を省略して歌っている、 なぜ省略したのだろう?
曲名にあるlandは祖国・国と訳されている、はたして本当にそうなのか? ここで私達はなぜ進入禁止かを考える必要があるのだ、 説明するまでも無いがそれは私有地だからである、アメリカでは進入禁止の看板や表示は良く見かけるものの一つ、 だからno trespassingと同時にprivate property私有地と表示されることも多いのである、
ここまで書けばブルースがなぜ省略したかは説明無用のレベルだろう、 この段落を歌ってしまったらブルース・スプリングスティーンは個人の土地所有を否定する共産主義者だとアメリカで判断されてしまうからである、 この歌で歌われるLandとは国を指すのではなく具体的な土地・土壌を意味するのである、 すると曲名も自分の祖国アメリカを歌ったものではなく「この土地はお前の物」が正しい直訳となる、 それぞれの土地私有者の先祖が移民し開拓と数々の戦いの末に獲得した個人の土地そのものを指しているわけだ、 ウッディ・ガスリーはそんなアメリカの歴史を否定しカリフォルニアからニューヨークまでアメリカ合衆国のすべての土地は俺のものだしお前のものだとまるで原始共産制のような状態を賛美していることになる、
「わが祖国」が神に祝福された国であるアメリカ讃歌「ゴッド・ブレス・アメリカ」を嫌ったウッディが作ったことは有名な話、 つまり当時のアメリカという国を呪う歌と解釈すべきなのである、
ブルースは通常、ウッディ版ならタイトルのリフレインから歌いだすのも省略してこの歌を心に沁みるアメリカ讃歌に変えてしまった(grumblingをhungryとも言い換えてより詩的な叙景にしている)、 ブルースは上記段落を省略して歌うことで自分達の祖国アメリカを愛し慈しみ、国としてのアメリカとそこに暮らす市民達を讃えているわけである、 ブルースが歌う時 ”ランド”という単語には土地と国の両者が混在したまさに「わが祖国」という歌になっている、 だからこそブルース・スプリングスティーンはMr.アメリカとして尊敬されているのだ、
(ちなみにブルースの有名な3枚組ライブ盤(デイスク2トラック9)では「ゴッド・ブレス・アメリカ」のアンサー・ソングでありアメリカの最もビューティフルな歌だとブルース自身が語ってから歌い始まる、 続いてネブラスカ・ジョニー99・リーズントゥビリーブ・ボーンインザU.S.A.と歌われるのが長いアルバムのハイライトだと思う)
反戦、人種問題、ヒッピー、麻薬、性の開放など、60年代とは大きなターニングポイントの時代でした。そして、多くの人々の中に、得体の知れないエネルギーが充満している時代でもありました。日本でも、フォークシンガーは、長髪、反戦、アコースティックギターといったイメージがあり、エレキギターを用いると、商業主義になったといって非難されていました。そのころのマスコミや世間は、レッテルを貼ることが好きでした。そうしないと、安心できない保守的な人々がいたのです。その中で、ボブ・ディランがどのように生きたか、彼の価値観はどうであったかが良くわかります。彼は、何事にも捕らわれず、身近にあった音楽に没頭し、エネルギーを爆発させた自由人であったと思います。地方出身者の彼には、最初はフォークシンガーになるしか、エネルギーを発散させる方法がなかったと思います。ニューヨークに出てきて、自然にロックにも価値観を見いだしていったと思います。「Like a rolling stone」のように、自然に任せて生きたからこそ、彼の音楽は数十年経っても人々の心を打つのでしょう。
と語った偉大なるウディ・ガスリー生誕(1912年7月14日)から2012年で100周年ということを祝して、RCAビクターで録音された彼にとって初の商業的な形で発表された作品集が最新のマスタリング処理を施されて再発。【1】【3】【9】【11】など、映画化もされたジョン・スタインベック著『怒りの葡萄』の世界にも通ずる民衆の窮状を問いかけ彼の詩才を示した本作は、その歴史的な価値や、ボブ・ディランやライ・クーダーなど、今日まで多くの人々を立ち上がらせてきたその「声」が今なお強烈であることを聴く者すべてに思い知らせる現代大衆歌の金字塔。彼が何故「米国のポピュラー音楽を語る上で欠かせない重要なフォーク・シンガー」なのかを理解したければ、本作がその最良の助けとなるはず。ウディ本人によるライナー・ノーツも必読。
ジャケットの、頬の肉が落ち、サングラスをかけてはいるものの明らかに表情のないディランと、タイトルの「ノー・ディレクション・ホーム(帰る家とてなく)」という言葉にこの作品の在り方が集約されているように思います。作品が進むにつれて疲労の度を増すディランが終わり近く、インタヴュアーに「家に帰りたい」と漏らす場面など、この時期のディランが「ドント・ルック・バック」で見られるようなイケイケで突っ走ってばかりいたわけじゃなかったことを物語ってくれます。こじつけになるかもしれませんが、「ドント・ルック・バック」が「振り返るな」と前のめりに走っていたのに対し、この「ノー・ディレクション・ホーム」は現在のディランが当時を「振り返」っており、そういう意味では対になる作品なのかもしれません。
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