Mei 20100310 ジョルジョ君のご生誕 (2)
会いたくて 会いたくて |
歌詞がありきたりだと否定する人が多いようだが、それだけで毛嫌いするのはもったいない良い曲だと思う。
奇抜で斬新な歌詞は確かに良い、しかし誰しもが思い浮かべる感情を率直に詞に表すのはいけないことなのか?、 私はそうは思わない。 むしろ、変にいじり回した歌詞でないから、曲に対し素直に心を打たれたり、 聞く者それぞれの思い出を重ねたり出来るのだと確信する。 |
BRAVE HEART feat.西野カナ |
ジョルジョ天才!!So'Fly名義の曲も待ち遠しい。 |
キミだけをずっと(初回限定盤A)(DVD付) |
ラップが印象的です☆ このラップがめっちゃ良いんですょ(≧▽≦) 格好よくて,ノリノリになっちゃいます☆ とにかく買い損ないは無いですね☆☆☆ 迷っていたら即→買うべし |
去年マリエンバートで HDニューマスター版 [DVD] |
死者が護るとされる現実感のない無機的空間で繰り広げられる会話やゲーム、
無表情(あるいは時として過度にオーバーな表情)の登場人物たち、 連続性を失い、刻々と移ろう時間と空間。ストップ・モーションの挿入、、、。 (登場人物がほとんど動きを止める映像は、篠田正浩監督「心中天網島」でも使われていた。) 難解であるというより理解されることを拒んだ、あるいは理解の意味を持たない映画だ。 レビューを書くこと自体がためらわれるような眩暈にも似た感覚、それを楽しむことが、 この映画の愉しみ方なのだろう。 |
そして、デブノーの森へ [DVD] |
といってもイタリア、スイス合作映画なのだけれども。
全体を包みこむ雰囲気がそうだというか、なんというかそんな感じですね。 映像がとても美しいのですな、うん。 ストーリー的にもまさにフランス映画的。 説明的台詞が皆無に等しく、行動の原因、結果を明確に描くことなく、抽象的かつ絵画的に進めていく様が、ハリウッドと一線を画すというか、なんとも嫌いじゃないですがね、僕は。 でもこの作品は比較的わかりやすいのではないかと思いますがね。 ただ、ただね、いろいろと考えてしまうわけですよ、頭の悪い僕としては、理解できないとこがあったり、深読みしてしまったり。 それも含めて僕は好きですが。 キャスト的にはアナ・ムグラリスの美しさもさることながら、おなじみダニエル・オートゥイユの渋さ、ベテラン、グレタ・スカッキの貫禄のアクトもお見逃しなくといったところでしょうか。 |
バートルビー―偶然性について [附]ハーマン・メルヴィル『バートルビー』 |
原光によるやや時代がかった翻訳でも読めるが、本新訳は、その反時代性において誠に文学のあるべき姿をうかがわせる。"潜勢力"なるアガンベンの御託はどうでもよいとも言える。男も女もビジネス的実践によって他者を手段としてのみ扱うことに痛痒は愚か、何の疑問も抱かない。政治家は勿論、一般民衆も勝ち馬に乗ることだけを考えている。価値観は多様化などしていない(「多様な雇用形態を国民は求めている」というのがフリーター容認の政治家の、そして経営者のお言葉だ)。ワーキングプアなどという1日10数時間労働して年収が百数十万円などという者がうなるほどいるのだ。そんなネオリベ経済主義の世界で、バートルビーの存在は異形の姿を呈する。資本にとって、こんな男はクビにすれば済むことだ。しかし、文学の力は、そうあえていえば"潜勢力"としてのみ現れる。それゆえ不穏なのだ。カフカやゴーゴリなどを思わせるとともに、なぜか先年亡くなったアレクサンドル・ジノヴィエフの『酔いどれロシア』が想起されてならなかった。蜂起には遠いが、放棄もまた革命的なのかもしれない。 |
開かれ―人間と動物 |
■「人間性」とはなにか? それは動物的ではないことであると思われているとすれば、では、人間と動物との違いはいったいどこにあるのか? ■「歴史の終焉」の後の世界が、コジェーヴ的な世界になるのか(アガンベンは否定的)。またビシャが言うように、人間には「2匹の動物」が棲んでいるのを検討しつつ、アガンベンはユクスキュルをトランジットしながらハイデガーへと向かう。 ■人間には倦怠があるが(現存在だから)、動物には倦怠はない。「ただ生きている」だけだからだ(剥き出しの生)。そして、生の宙づりとしての「開かれ」が、人間を動物から隔てているとする。この点をアガンベンはハイデガーの読解から導く。 ■「人間の終わり」が来てしまったとすれば、どのような可能態がありえるのかを探求。広大なテーマだが、ハイデガーを核にしたことで思考ルートのひとつができあがりつつあるのではないか? 小著ではあるがきわめて濃密。 |
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