舞台はロンドンのイギリス版、日本の四季版、ハンブルグでドイツ版をみたが、この映画版は生の迫力に負けないモノがある。 映画だからできるCGを駆使して見ている者を物語りに引き込んでいく映像とウエバ~の美しい旋律とで自分のいる場所するらわすれさせてくれた。 なんと言ってもキャスティングがいい! 「ドラキュリア」が強烈だったジェラルド・バトラーの怪人!なんと魅力的でミステリアスでセクシーなことか! しかし本当の怪人は悲しく切なく壊れそうな心をもった寂しい人間なのだ。それをみごとに演じている。(詳しくは是非観てください) 恋敵のラウル役のパトリック・ウィルソンも実力派の若手!怪人と正反対の爽やかのヒーローのイメージで映画ファンも注目! クリスティ~役のエミー・ロッサムは純真無垢な、二人の間を揺れ動く乙女心をうまく演じている。なんと撮影当時16歳! 劇場が近くになくて「オペラ座の怪人」を観たくても観られなかった人達に最高の映画である。 そしてまた映画館もいく機会がなかなか無い人たちには絶対欲しいこの映画のDVDとなるだろう!!
私は購入出来てとても満足です。映画の方は既に観賞済みなので映像の美しさ、俳優陣の歌の素晴らしさは周知の事実でもあり、とても感銘を受けました。しかし、今回の白眉は何と言っても劇団四季の主要団員達による吹き替えにあると思います。
劇団四季で公演中の名作ミュージカル【オペラ座の怪人】を舞台で観てから本当に感動して何度も劇場に足を運んでいる自分のような人間には、現時点で主演の怪人役を務める高井治氏による吹き替え版の発売は心の底から待ち望んでいた最高の企画でした。事実この方主演による舞台版CDの発売は現在未定ですし、劇場で味わった感動を日常生活の中でも再び触れていられたら・・・と思うfanは少なくないのではないでしょうか。 そして、吹き替え版で再び聴くことの出来た高井ファントムの深みある素晴らし過ぎる美声に本当に酔いしれてしまいました。仮面の下に秘められた押さえ切れないパッションと激しい感情の渦を、彼は舞台と全く遜色なく感動的に表現しきって見せた。絢爛豪華な映像や音楽に違和感無く溶け込んで怪人の哀しさ、業の深さ、切なさを演じてなお、これ程魅力的な作品には今後出逢えないのではないかという程の名作だと思います。他のキャストの歌唱も鳥肌が立つ凄さで、まさに舞台を映像で観ている用な臨場感ある迫力に感動もひとしおでした。
歌姫カルロッタを讃えた“プリマドンナ”の盛大なる唄の饗宴は胸踊るエキサイティングなシーンだし、主演二人によるクライマックスでの手に汗握るデュエット曲“The Point of No Return”は最高にセクシーでゾクゾクした。そして、心震える叙情的な愛のテーマ“All I Ask of You”は何度聴いてもため息が出る位素敵です。
また、先に発売されたコレクターズエディションとは異なりますが、ブルーレイで観るメイキングシーンや未公開シーンなど内容も通常版より見所多し。他のレビュアーの方も言及されている通り金曜ロードショーの為の録音なので途中オリジナル英語音声が挿入されますが、メインはきちんと歌われていますので、四季団員による吹き替えを熱望されている方には希望に適った内容だと思います。私は大変お薦めします。
エミー・ロッサム(映画「オペラ座の怪人」「デイ・アフター・トゥモロー」)の歌手デビュー・アルバム。内容はオペラでもミュージカルでもなく、ポップ・アルバム。彼女自身はアンビエント・ポップと呼んでいる。「オペラ座の怪人」の高音は少々頼りなく、むしろもう少し低めの声が気に入っていたのでこれは大歓迎。Slow Me Downはすべてのパートが彼女の声で構成されている実験的な曲。ビデオもありそちらは慌しい日常から逃れたいと言うような内容。Stayはアンビエント・ポップという形容が一番ふさわしいゆったりとした曲。Fallingはよりポップで、アップテンポな曲、一般的にはこれが一番受け入れやすいか。(2007/10/5)
アンビエント的な曲でいいのはThe Great Divide、Don't Stop Now、Inside Out。The Great Divideは朗々としたキーボードをバックに歌われるゆったりしながらも力強い、なんとも不思議な雰囲気を持った曲。Don't Stop Nowはシンプルにに始まり、次第にストリングスが重なり合う静かな曲。ポップな曲ではLullaby、High、A Million Pieces、Anymore。Lullabyは文字通り癒し系サウンド。A Million Piecesは一番美しい曲、この曲とHighは声の使い分けにも注目。(10) はカーペンターズ「雨の日と月曜日は」のカバー、これはコーラスをエミー・ロッサム流にアレンジ、少し暗めに仕上げている。サウンドには統一感があるが、もう少しバラエティがあるといいかもしれない。それでも曲調は多彩で、コーラス・アレンジなどは興味深い。(2007/10/21)
いろいろな意味で、非常に優れたミュージカル作品だと思う。
まず、内容面だが、ガストン・ルルーの原作を下敷きに、普遍的なテーマを斬新なスタイルで描いていることにあると思う。優しく、必ず幸せにしてくれるであろう男性と、危険で一緒にいても不幸になりそうな男性(このことは、私の一番好きなナンバーAll I Ask of You において、それぞれの男性がChristineに歌いかける科白が、 Raoulのそれが “Let me lead you from your solitude” であるのに対して、Phantom のは、“Lead me, save me from my solitude”であることに象徴されている)との間で揺れる女性というのは、源氏物語の浮舟と匂宮・薫大将の三角関係にも遡れる普遍的なテーマである。(そういえば、劇中最も美しいシーンであるPhantomがchristineを船に乗せ、地下水路をこぎ行くシーンは、匂宮が浮舟を舟に乗せて連れ出すシーンと似ている)
また、ChristineはPhantomに亡父の面影を投影しているので、これも古典的なエレクトラ・コンプレックスから説明できよう。
孤児である彼女の孤独とPhantomの孤独が共鳴しあって惹かれ合ったということも説得力をもって伝わってくる。
そして、これがミュージカルの場合、非常に重要な点なのだが、ミュージカルという形式の利点を十二分に生かしていることである。
ミュージカルには、「どうしてそこで急に歌い出すのか?」という根本的な不自然さが常に付きまとう(三谷幸喜の『オケピ!』にもそういう科白があるし、タモリもだからミュージカルは嫌いだと公言している)が、この作品では、舞台がオペラ座であり、主人公はPhantomと歌の指導を通じて心を通わせるという設定だから、歌うことはむしろ必然である。
さらに、作曲家が愛する女性の歌をプロデュースして成功させるというストーリーは、現実のA ウェバーと、劇場版初演当時の妻でchristine役のサラ・ブライトマン(後に離婚)の関係とも完全に重なっている。(日本でもTKと華原朋美がそのような関係だった)
そしてまた、劇中歌も、絶妙に物語とリンクしている。
RaoulがChristineを幼馴染と気づく場面で彼女が歌っているアリアThink of Meは”We never said our love was evergreen, or as unchanging as the sea, but please promise me, that sometimes, you will think of me!”となっており、その直後の再会のシーンで、Raoulは、子供のころ、彼女の赤いスカーフを拾うために海に入ってずぶぬれになった思い出を語る。
また、Phantomの、天才的な才能を持ちながら社会から隔絶された孤独感も、彼が作曲したという設定の音楽の素晴らしさとのコントラストで効果的に描かれている。これは、映画版『砂の器』(TV版は噴飯物)にも共通する。
Masqueradeはまさに、仮面の下に孤独を隠すPhantomの生き様そのもの、そして、劇の最後のフレーズは、”Hide your face, so the world will never find you”である!
劇場版との比較では、まず、プロローグの終わりにシャンデリアのベールが解かれるところで、シャンデリアの光が当たったところから、モノクロの画面がカラーの19世紀末の輝かしいオペラ座の場面に変わっていくという、映画ならではの演出がすばらしい。
また、劇場版では、Phantomにやられっぱなしでどちらかというと情けないRaoulが、映画版では仮面舞踏会の後でも決闘しようと剣を抜いたり、墓場のシーンでは、Phantomと戦って実際にねじ伏せるところまでいっている点で、優しいだけでなく、強く勇敢な理想的な男性という面が強調されている。
また、映画版では最後にRaoulが競り落とした猿のオルゴールを妻だったChristineの墓に供えると、そこにPhantomのバラが置かれているという場面が付け加えられている。
ひとつ、映画版の方がリアリティを欠くのは、マダム・ジリーがPhantomが見世物小屋から逃亡するのを助けたという設定だ。劇場版ですら、娘のMEGが、朋輩の出世に全く嫉妬しないのが、不自然なのだが、映画では、さらにその母親が恩人なわけだから、「なぜ私の娘にこそ個人指導してくれない?」ということになりはしないか?この親子はお人よし過ぎないか、と思うのは私の性格がひねすぎているから?
Phantomの救いのない孤独な魂、最後のシーンは、涙が止まらなくなった。
どんなに映像と音が良くなっても、字幕に何の修正も無いので、内容を誤解してしまう可能性は変わりません。ですから、この作品を初めて観る方は、まず「字幕改善連絡室」のサイトで正しい翻訳を確認して欲しいと思います。 その上で、補足を1点。 クライマックスの洞窟でのシーン。ファントムに花嫁のベールをかけられた後のクリスティーヌの台詞“Your haunted face holds no horror for me now. It's in your soul that the true distortion lies.”は、字幕や改善委員会訳では、まるで「あなたは魂から歪んでしまっているのね!」と言っているような感じですが、クリスティーヌの表情はそんな身も蓋もないことを言ってはいません。自分の顔が全ての原因だと嘆くファントムに、「あなたの顔、私にはもう怖くないわ。本当の醜さは心が産むものなのよ。(だからこんなことやめて、優しいあなたに戻って)」と説得しているのです。“in your soul”の“your”はこの場合、ファントム個人を指すだけではなく、一般論を述べる時の不特定代名詞の役割もしていると考えられます。少なくとも、この映画のクリスティーヌはそういう言い方をしています。だからこそ、次のカットでファントムは悔悟の表情を見せるのです(そこにラウルが来てしまうので、狂気に逆戻りしてしまいますが)。 さらにもう1つ付け加えると、この映画において、指輪は愛の象徴として使われているようです。クリスティーヌがファントムに渡す指輪は「これは返すわ。ごめんなさい」ではなく「離れても、心はそばにいるわ。だから、生きて」。最後にファントムがクリスティーヌに贈る指輪は、「今も君を愛している」。
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