第一巻「漱石の死」で、龍之介、潤一郎など大作家たちの赤裸々な私生活を暴露したシリーズ第二作は、若山牧水にはじまり有島武郎までの歌人や小説家の「激しい恋」をメインテーマとして詳細、綿密に活写する。本人はもとよりこの「恋」の相手である女性たちについて素性を明らかにした上で、恋の馴れ初め、顛末、行く末に至るまで微に入り細に渉る執拗なまでの探索、考証は第一巻以上に迫力がある。
例えば「宇野浩二の世界」。最初に深くかかわった女性、伊沢きみ子の生い立ちから父方兄弟3人の履歴や環境(意外にも劇作家飯沢匡氏がこの中で登場する)も追うことによって、彼女のヒステリー性の根源を検証する。そういう丹念な作業のおかげで、若き宇野浩二が「女は魔物だ」というヒリヒリした体験をベースに「私小説の鬼」として着実に作品を作り出してゆく過程に説得力が出てくるようだ。後年、きみ子は「諸処流浪し」た果てに生来のヒステリーが嵩じて横浜で自殺するのであるが、従来の伝記にこの死の真相に触れたものはなかったという。著者(川西政明氏)が神奈川県立図書館で発見した「横浜貿易新報」によって初めて、「苦の世界」の作者を世に送り出した一女性の事故の経緯が明らかになったというが、こういう地道なフットワークは随所に実を結んでいる。
但し、著者は単なる実証マニアではないことは、志賀直哉と「C」の恋愛について述べる件にも明らかだ。すなわち、24歳の志賀直哉が結婚相手として恋心を打ち明け、この結婚に反対するなら両親や祖母までも捨てるとまで決意した相手の「C」について、志賀自身は後年出版される青年時代の日記中に実名を伏せた。しかし「C」の血族の人々は彼女が志賀と恋しあった仲だったことを誇りに思っていることを知った著者は、次のように云う。《いつまでもイニシャルのまま歴史の闇に埋めておくことはない。・・・幻の女性は「岡野 長」という光のあたる場所に出た。》こうして、私たちは「大津順吉」の一篇を「千代」でもなくましてやイニシャルの「C」でもない、生身の岡野長という31歳で夫の赴任先である朝鮮の地で一男二女を残して客死した女性との臨場感ある物語として読む自由を与えられたのである。
膨大、緻密な資料の中で細部の事実を見極めながら、このように著者はゆとりを持って事実とつき合っている様だ。そんな余裕の眼が、様々なスキャンダルにもかかわらず文壇の中で次第に成長してゆく若き作家たちのみならず、彼らとの「激しい恋」を経て自立してゆく女性たちにも活き活きと注がれている。さて私も、永井ふさ子に思いを馳せながら、斉藤茂吉をもう一度読んでみよう。
店頭でタイトルにすっとひかれ、編者が「クリック」の佐藤雅彦さんだったので
すぐ決めました。期待を裏切りませんでした。
教科書に載っている話ってどうして面白いんでしょう。
お父さんから手紙を受け取る話、どばどば泣きました。
「ベンチ」では衝撃といっていいほどの読後感を覚えました。
「教育」を目的として選ばれた小説ですから一線を踏み外さない
内容ではあると思いますが、それぞれが不思議な力にあふれたお話だと思います。
ちなみに自分が学んだ教科書小説で一番印象に残っているのは宮沢賢治「やまなし」です。
ゴシップ系文学資料の王ともいえる本です。こちらには1)自殺する直前の芥川龍之介の様子、2)「発狂した」とされた当時の宇野浩二の様子、3)「女給」出版に際し、菊池寛と中央公論社の間にどんなやりとりがあったか(広津を通じて)、などが出ています。また、いかにも大御所と言った感じの志賀直哉、気難しそうな正宗白鳥など「いつもはどんな人物だったのか?」と思わせて止まない作家も登場します。
広津氏の著作では、「年月のあしおと」もおすすめですが、そちらは「日本人の自伝」シリーズに入ったり、90年代に文庫版で出版されたものが古書で出回っているぐらいという状況で、残念ながら手に入りにくいです。その点こちらは文庫版で普及していますし、また広津氏の他の著作同様すいすい読めますし、文学の背景としての「文壇」への手軽な入門書と言えます。
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