NHKで鴨長明の方丈記を紹介する番組が放映され、気になって図書館の書籍を検索したところ本書と出会い、借りてみた。平成23年の出版ということで大変に新しい。方丈記の解説などをエッセー調の進めていますが、本書の一番の特徴としては東日本大震災の影響を引き合いに出して話を進めている点でしょう。なので被災地域の人々、特に福島の県民に向けたことば、提言とも言えるかもしれません。
読み通すのがとても易しい文面になっています。そして私が知りたいと考えていた無常に関する知識も、初心者向けに丁寧に説明がされている。自分の中で日々おもっていたり、感じていたりしていることがこのようにして簡易にまとめあげられていると、自分自身の考え方の補強になりますし、いま進んでいる道がどのようなものなのか、これからどのように展開するのかについて頭を整理できます。新しいお話でも、古いお話でもない。極々、人としての性とでも言うのでしょうか、について語られていると思いました。今更ながらな気がしつつも、坊主であることは生き方を追求することなのだなぁと思ってみたり。ちなみに本を読み終えた数日後に今度は筆者本人がNHKの番組に出演しているのを観ました。なにか結構、有名な方なのですね。
レビューを書いてから四つ星評価としました。ちょっと「揺れた」ところがあったのですが、エッセー調なのでそのようにしました。でも何となく気になるところがあって本を読み直しました。そうしたところ何かさらにわかった感じがしたというか、やはり真理をこうも噛み砕いて説明することは平易なことではないと思いました。本書は繰り返し読むことを前提に書かれているのでしょう。大きな活字の薄い本であるにもかかわらず糸のしおりが付けられているのは、そうした想いがあってのことなのだろうと考えました。ほんの二三時間で読めるので気軽に手に取ってみてはどうでしょうか。
芥川賞受賞作家であるだけに文章はウマイが、妙になれなれしくまとわりついてくる感じがあり、読者によって好悪が分かれよう。 一方、西洋哲学やニューサイエンスの知識をすぐ持ち出してきては付き合わせる傾向が目立ち、かえって分かりづらい…。これで根拠付けしているつもりなら、ちょっと違うのではないかと思われる。 タイトルや章扉のデザイン、文中における太文字の使用、巻末の禅語索引など、この本をささえている編集の仕事ぶりが見事。
こないだからたまに各新聞の書評欄を集めたサイトを見て、Amazonのほしい物リストに入れるのを楽しみにしています。
そんななか初めて買ったのが玄侑さんの対談集です。 さすが東京書籍といった感じで、こういう本が出版されるのを知ると日本もまだ捨てたもんじゃないかもって思います。
まだパラっとしか見てないけど、日野原重明先生との対談で、東日本大震災のとき日野原先生は聖路加病院の理事長室にいたらしいんですが、 「関東大震災の2回目が来た」 と思われたそうです。 関東大震災はご存知のように大正12年。 その記憶をしっかり持っている方がいらっしゃるというのってすごいですね。
あとは、養老孟司さんが東大の解剖学にいたころ、ある朝、誰か学生が解剖台に一輪の花を飾ると、翌日からみんなが花を持ってくるようになったというエピソードを紹介していました。 東大生っていうとある種、頭が硬くて合理性を突き詰めて、一般庶民には理解できない雲の上の人たち、的なイメージというか偏見があると思うんですが、こういう逸話を聞くと一面的に語られる危うさを改めて痛感してはっとさせられました。
ひさびさに良書の予感でうれしいです。
死生観を題材にしていますが、決して、明確な形で死後の世界や死の瞬間、成仏、霊を提示しているわけではなく、いろんな形がありうるんだろうという素直な気持ちが出ていて、読後感はすがすがしくもあります。作者は現役のお坊さんということで、仏教用語も出てきますが、それも、この作品の味付けには必要不可欠だと思います。おがみやのウメさん、石屋の徳さんなども作品に彩りを添えています。則道と圭子の地に足のついた日常がしっかりと骨組みになっていて、よみ応えもありました。「水の舳先」よりは密な作品です。収録の「朝顔の音」も良かったです。
仏教の教えを深い所で理解してスッキリしたい人にお勧めです。
お経の言葉の意味を学びながら、同時に意味を考えずに読むことも 重要だと薦められます。この矛盾はまさに禅問答のようです。
その矛盾を超えた先にあるものへの、ヒントも紹介されています。 個人的には、自然と一体となるとか、自分は自然の一部だとか そういうことに気づくことが目的の一つなのかなと思いました。
「色即是空、空即是色」とても興味をひく言葉ですね。
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