1〜6まですべて読み終えました。四季の江戸の美しい情景描写に,さすがによく考えられたストーリー,そして何より,社会の底辺に住まうアウトロー,謎解き名人のセンセーとその仲間たち(そして,彼らとつかず離れず微妙な関係を保つ下駄常)の魅力に,すっかりまいりました。読書の楽しみ,喜びを十分に堪能できます。読み終わってしまったのが悲しい!
併録された作品に文句がある訳ではないが、この作品は絶対に一冊本で刊行されなければならない。 詳しくは言えないが、著者の仕掛けた罠と企みを純粋に味わいたければ初刊本、ないしは講談社文庫版を探して読まれることを薦める。 著者もエッセイなどで引き合いに出している通り『シンデレラの罠』を思わせる設定だが、冗談じゃない、ミステリ作家としての腕がフランス人とは段違いである。(余談だがジャプリゾも『新車の中の女』は傑作) 著者には珍しくロマンティックで悲痛な自伝的青春小説としての内容と、とびきりトリッキーな趣向が両立した奇跡的傑作。
捕物帖好きの自分がまだ読まずに済ませていた都筑道夫の砂絵シリーズ。魅力あるキャラクターだけでなく,春夏秋冬江戸の風物が巧みに描かれています。都筑氏の筆の確かさ,力強さが支える物語の推進力には,驚くべきものがあります。これまで未読だったことが幸運に思えました!
タイトル通り神隠しをテーマとした短編集ですが、作品のスタイル・内容は実に様々。活字もあれば漫画もあり、学問的なものもあれば幻想的なものもあり、心温まる話もあれば恐ろしい話もある、という具合です。同じテーマでも色々できるものだなぁ、と感心してしまいました。もちろんどの作品も珠玉の出来。編集者の小松和彦氏のセンスが光ります。柳田国男が登場する『早池峰山の異人』(長尾誠夫)を収録して、さらに最後に柳田自身の『山の人生』を収めるあたりが心憎いです。
著者が「ミステリマガジン」に連載したエッセイであり、著者の幼年期からミステリ作家としてまでの自伝といった感じのものである。
上巻の前半、特に戦争時のあたりは、個人的には面白くなかった。しかし、このような体験が作家都筑のもとになったことを考えると、読んでおく必要がある。そして上巻の後半、戦後の作家スタートからは、正岡容、大坪砂男、その他の作家、編集者、ミステり関係者等々が登場し、がぜん話が面白くなるる。ある種、出版業界裏ばなし、とでもいえるようなエピソードも満載である。
本エッセイが連載されていた昭和五十年代ごろから、著者のミステリ作品はどんどんライトテイストが強くなっていった。たぶん社会派企業情報ミステリ全盛の状態で、著者が志した「謎と論理のエンタテインメント」があまり評価されないことで、テンションが下がっていたのであろう。
本書を読むと、綾辻登場以降の新本格の隆盛が五十年代前半だったら、著者がどのようなミステリ作品を残したであろうかと、ふと考えていまう。ミステリの創作には気力と体力が必要であるため、ベテランといわれる作家諸氏の長編作品を見ることは、ほとんどない。牧「完全恋愛」や土屋「人形が〜」などは、例外中の例外といえる。しかし、完成度という点でも、若いときの作品とは比較にならない。
著者がまだ創作意欲旺盛なときに、新本格ビッグバンがあれば・・・というのは無理な要求であるが、一時期の道尾秀介が、いいところまで著者の志に近づいていた。残念ながら賞取りに走って、方向性が違ってしまったが。
著者のように、ミステリも時代小説も評論も一級であり、いずれも幅が広い、という作家はいない。残念ながら、著者のミステリでは超一級品というものがない。全てにおいて水準以上のレベルであるのだが。「猫の舌〜」や「七十五羽〜」では弱いし、短編ではやはりこれ一冊という重さに欠ける。「誘拐作戦」、「三重露出」、「悪意銀行」なども好きな作品だけども。「なめくじ長屋シリーズ」は初期のものだけなら評価できるのだが・・・
本当に、器用貧乏という言葉がぴったりくる作家であったが、その器用貧乏さがどのようにして生まれたのか、というのが本書を読むとよく分かる。本書は、作家都筑道夫の誕生と成長を知るためだけではなく、戦後の文壇裏話やミステリ雑誌創生期を記録した、貴重な資料でもある。
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