300年の伝統を職人がつなぐ【木曽ねずこ下駄】 男性用 二本歯
歯の部分に絶妙な角度がつけられているためか、長距離を歩いてもさほど疲れません。
上海でも歩く場所は限られますが、カランコロンと乾いた音を聞いていると、日本人であることを嬉しく感じる事が出来ます。買ってよかったと思っております。
大往生したけりゃ医療とかかわるな (幻冬舎新書)
祖父をガンで亡くした。
嘔吐が頻繁に起きるようになったため検査してもらたところ、
かなり進行した胃がんであるとわかった。
このままではそう遠くない将来、
何も食べられなくなって衰弱死すると言われたため、
当然我々家族は手術を勧め、
しかし本人はどうせ放っておいてもじきにお迎えがくるのだから、
今更体にメスを入れたくないと言い張った。
結局我々が無理やり手術を受けさせるも、
手術後、ひと月たって我が家に帰ってきたのは
物言わぬ亡骸となった祖父だった。
物を食べられるように、と手術をしてもらったのに、
術後の苦しさと衰弱のあまり
一度も口から食べ物を入れることなく旅立ってしまったのは
なんとも皮肉な結果である。
入院する前日まで趣味の畑仕事に精を出していたのだから、
我々の無理強いが祖父の寿命を縮めてしまったことは間違いない。
ほんとに申し訳ないことをした、と
今でも実家に帰ったときは祖父の遺影に頭を下げている。
一方、祖母は五体満足でいつも元気な老人だった。
茶飲み友達と談笑していた姿を今でもよく思い出す。
ある日、定期検査ということで入院したのだが、
数週間後には深刻なボケが出て、支離滅裂なことを喋りだし、
息子である父の顔を見ても誰だか判らなくなってしまった。
明るく優しい祖母は
物忘れが激しいとか、孫の名前がなかなか出てこないとか
そういった症状はあったものの、
決して命に関わるような状態ではなかった体を
数週間病院のベッドに縛り付けただけで
孫との意思疎通すら叶わない別人になってしまったのである。
しばらくして祖母の意識が完全になくなり
日に日に衰えていく様を見て、
老人にとって病院の白い天井は
老いやボケを促進する劇薬なのかもしれない、
と感じた。
意識を失い一日中寝ている祖母を
せめて最後は静かに眠らせてやりたいと願い
流動食を流しこむような事は決してせず
ただ見守るだけにした。
数日後、祖母は文字通り眠ったまま亡くなった。
故人の逝き方は、
残されたものの心に苦いしこりを残すこともあるが
愛する人が死んだというのに幸せであるとすら思える程の
癒しを与えることもある。
私にとっては前者が祖父、後者が祖母である。
それ程に祖父は惨めで苦しい死を迎え
祖母は穏やかな死であった。
「おばあちゃん、最後は凄まじいボケ方したけど、
苦しまずに死ねてよかったよね」
祖母の祥月命日には必ずこのような会話が交わされる。
祖母の延命措置をしなかったことは
祖父と同じ目に合わせてしまったことに対する
罪滅ぼしみたいなもので、
祖母の命の期限は祖母に決めてもらう、という
責任転嫁でもあったかもしれない。
「苦しまずに死ねてよかった」などという言葉を
祖母が聞いたら怒り狂うかもしれない。
しかし祖母の安らかな顔は我々の心を救ってくれたことに違いはない。
野生動物は歯を失うと餓死する。
乳歯が永久歯へと生え変わり、
永久歯が使い物にならなくなる頃、
動物としての人の寿命を終えることは必然である。
この期間はおそらく30年程度であるはずだが、
栄養状態の改善、医療技術の進歩により
無理矢理に80歳まで「生かされている」のだろう。
そして動物としては正しくない生き方の歪が
高齢化社会の問題点の1つとしてクローズアップされる。
自分のことが自分で出来なくなったら無理に延命しない。
延命措置は本人が望んだ場合に限る。
一見すると非人道的にも思えるこの考え方こそが
超高齢化社会を迎えた日本の選択するべき道ではないか。
延命しようとして祖父に残酷な死に方をさせ、
延命を拒否した結果、祖母が安らかに旅立ってくれた者にとっては
そういう考え方が正しいように思えてならない。
長くなったが、本書はそのような立場に立った、
「死に方」についての解説本である。
生死観は人それぞれである。
しかし故人の死に際が安らかであることは
本人にとってはもちろん、
後に残される者にとっても非常に重要である。
文中、少々不謹慎な表現があるが、
そのような死に方をし、
そのような死に方をしてもらうにはこのような方法があるんだな、
と思いながら軽い気持ちで読まれるのが良いと思う。
天然木曽ひのき 【檜のしゃもじ 】 小 日本製 社寺仏閣材専門の池田木材製
木ベラは比較的無意識に動かすように使うことが多いので、とにかく手に馴染むものを探してました。
これは触感も手に優しく、また先の形状もよくて、鍋肌によく合うので使いやすいです。
満足してます。
NHKおかあさんといっしょファミリーコンサート ドキドキ!!みんなの宇宙旅行 [DVD]
まゆお姉さん、よしお兄さんに加えて、弘道お兄さん、キヨコお姉さんまで出演されているので豪華です。 宇宙旅行という事でセットも色々あって見ごたえがありました。 色々なキャラクターが出て来て楽しいお話、 最後はスプーと皆の友情もあり、ジーンとするような場面も。 中でもしょうこお姉さんの『ドレミのうた』が子供も私も大好きです。
プレミアム・ツイン・ベスト 合唱ベスト
1枚目は小中学生たちの歌声が15曲中8曲あり、中学校での合唱コンクールやクラス対抗合唱の音源として使用できます。
また2枚目は大学生による男声合唱曲が15曲中11曲収めてあり、男声合唱が全盛だった頃の音源が収めてありました。福永陽一郎さんや北村協一さんなどの指揮の演奏を聴くことができるのは有り難いですね。お二人とも鬼籍に入られましたが、同志社グリーや関学グリーを率いての名演奏を沢山聴いてきた身ですので、これらの懐かしい音源は21世紀に残して欲しいものたちばかりです。
1枚目の谷川俊太郎作詞、松下耕作曲の「信じる」は清水敬一指揮、松原混声合唱団による素晴らしい合唱を聴かせてもらいました。中学生や高校生のお手本にするのにはハードルが高いですが、これだけ見事に歌ってもらえればリスナーは満足でしょう。
ラストの「瑠璃色の地球」は、名門の福島県立安積女子高等学校合唱部(現在は安積黎明高等学校)の可憐な合唱です。爽やかな発声でこの曲の持つ透明な響きを大切にした演奏でした。
多くの団体の愛唱歌となっている木下牧子作曲の「鴎」が、清水敬一指揮、松原混声合唱団で歌われています。非常にオーソドックスな解釈ですし、お手本となる音源でしょう。
『筑後川』の「河口」は福岡合唱連盟合唱団と長崎合唱連盟合唱団の合同演奏ですし、指揮は作曲者の団伊玖磨氏、九州交響楽団のオーケストラ伴奏版です。実にたっぷりとした演奏でした。
ラストのヤング101による「怪獣のバラード」は多分昭和40年代の音源でしょう。リアルタイムで聴いてきた者にとっては大変懐かしい演奏でした。
同様に神代混声合唱団による「涙をこえて」も嬉しい選曲でした。70年代の名曲ですから。
リーフレットに歌詞は掲載してあるのですが、解説がありませんし、録音年代が記してないのは少し残念でした。