マスカレード・ホテル
マスカレードとは、仮面舞踏会のことです。
ホテルでは、誰もが仮面を着けているという意味です。
連続殺人事件の次の犯行場所となる超高級ホテルに、若手の優秀な刑事がホテルマンに扮して潜入捜査することになります。
ホテル業務の指導に当たる優秀な女性ホテルマンと初めは反発しつつも協力して真相解明にあたります。
さらに見た目は風采の上がらない所轄の中年刑事の地道な捜査もあって、しだいに犯人の意図が明らかになってきます。
ホテルでのエピソード、トラブルが、事件解明のヒントにつながる構成は見事で、興味深く楽しく読めました。
また、犯人逮捕とホテルの安全という論理のせめぎ合いも効果的に生かされています。
最後に意外な犯人、意外な動機、意外な犯行対象が明らかになります。
解決に至る過程で瑕疵があって残念ですが、圧倒的なおもしろさの前では問題にならないでしょう。
読みやすい文章で、最後まであきずに緊張感を持って読めました。
ベタなエンディングですが、ありだと思いました。
下町ロケット
元ロケットエンジン研究者が失敗の責任を取って研究所をやめた後、佃製作所という親の町工場を継いだところから始まるビジネス小説です。
この企業がもつエンジン部品の特許を巡って大手企業がおりなすさまざまな策略や圧力のなか、社長と社員が力を合わせて乗り切ってゆく姿が本当にリアルに描かれていて、時間がたつのを忘れさせてくれるほどぐいぐい引き込まます。私にとって、久しぶりに読みごたえのある小説で、実際私は通勤途中で読んでいて2駅乗りすごしてしまいました。
町工場の佃製作所が大手企業から降りかかる様々な難局に立ち向かい、ギリギリのところで乗り切ってゆく姿はエンターテーメント性も抜群ですし、主人公がつねに突きつけられる難局の中で「会社とは?」「仕事とは?」「生きるとは?」を問いながら選択をした結果、反対者、傍観者、協力者との関係性や態度が徐々に変化てゆく様子は感動ものです。
本書のタイトルを見たとき、実在する「植松電機」という会社のことが脳裏によぎり手にした本でしたが、植松氏の講演にも似たような高揚を感じる読了感で、大正解でした。また、「ハゲタカ」の真山氏に続き、新たに追いかけたい著者が増えてうれしい限りです。
八日目の蝉 [Blu-ray]
見応えは十二分にある映画である。
普段は完全に洋画派だけど、邦画も捨てたもんじゃないと思わせてくれる
良作であった。
だけれども、原作のファンという立場からしても、この映画化には「違う」と
いう声をあげたくなる。
いろんな面で“順番”がどうにもこうにも気に入らない。
実母の恵津子さん。なんであれほどひどい描き方をされるのだろうか?
いの一番に出して数秒で憎々しげなことを語らせ、そのあとで希和子の目線に
立ち、誘拐シーン以後をじっくり語っていく。
たまに恵津子が出てきたかと思えば、ヒステリックなだけ。
この描き方はあまりにも狡猾である。なぜなら、浮気されるより前の恵津子は
出てこないし、よって浮気されるまでの彼女がどんなだったかわからないのに、
これでは希和子を善、恵津子を悪と洗脳したいとしか思えない。
希和子がもともと恵津子から嫌がらせを受けていて、その結果の浮気であれば
まだわかる。
でも、「からっぽながらんどう」って言葉も、家まで押し掛けられ中絶を非難
されたことも、すべて希和子が人の旦那に手を出したゆえの結果。同情の余地
など微塵もない。
だけれども、なぜかここも希和子が被害者とでも言いたげな描写になっている。
その“順番”を無視しているのが、この作品で一番ずるいところ。
正直、腹立たしくさえあった。原作では決して逃げていない部分だし。
そしてやはりそれを理解できていない希和子に私は感情移入などできない。
これは映画館で観たのだけど、周りがめちゃめちゃ感動していそうな中、一人
「う〜〜〜〜〜ん……??」と思いながら観ていたら、極めつけの“一言”を
恵理菜が恵津子に放った。
「何かをしたら自分に返ってくる」
いやいや、違うだろ、それはまず希和子に言うべきだろ!!(無理だけど)
そう心の中で叫んだのは私だけなのだろうか。
そして結末。原作では恵理菜(薫)と希和子はすれ違って終わる。2人の人生
は決して交わらない。
だが、この映画では写真を通してはっきりと再会している。
その点にも私は失望した。これでは、母性というものに勝敗があるということ
になる。
どれほどオブラートに包んでも、結局は犯罪を認めてしまっている結末。
私には受け入れることはできなかったです。
しかし、この作品、とにかくキャストが素晴らしい。
永作博美さん、井上真央さん、森口瑶子さん、小池栄子さん。これほど最強の
チームもないんじゃないかと思うほど、全員が素晴らしいお仕事をされていた。
それだけでも一見の価値がある映画だった。
井上真央さんはまだ若いし、どんどんこういう作品に出てもらいたいなと思う。
そして小豆島の風景。日本映画はやはりこういう描写がいい。最近はどうにも
キッチュな映像の映画が増えているけど、こういう美しい映画が増えてほしい
ものだ。
全体的に批判が多くなってしまいました。
確かに解釈自体は気に入らなかったのだけど、じゃあこの映画は失敗なのか。
いやいや、そんなことは絶対にありません。
近年稀にみるすばらしい作品です。
もう観ないのか?
いえ、たぶん何度も観るでしょう。また、感想も変わるかもしれないし。
それほど、広がりを持たせてくれる、いい映画です。
八日目の蝉 特別版 [DVD]
まず見応えたっぷりの名画という一言につきます。決して、気持ちの良い作品とは言い難く、見ている間に正視に堪えない程に辛い場面も多々ありますが、それでも一瞬たりとも緊張の解けない緊密な造りには、ひたすら感服しました。ネタバレにならないように、具体的なことは言いませんが、この結末が「力強い救済」の物語になっているのか、あるいは、わずかに一筋の希望の幽かな光のみを残して、依然暗澹としたなかに終わるのか、そこは「子を産む、子を育てる」ということに対する感じ方によって、違った受け止め方になるかもしれません。特に、男女で、この結末への感じ方が違う可能性があると思いますが、それも含めて面白い映画でと思います。
男女にありがちな「小さな過ち」が、多くの関係者の人生の歯車を狂わせ、取り返しのつかぬ悲劇へと発展してしまう。その意味では「ほんとうの悪役」が存在せずに、皆が皆、それぞれの立場で苦しんでいる物語。そんな物語の出演者では、永作博美が圧倒的な名演技です。「誘拐」という罪を犯し追われる身であるという、何かに常に圧迫され、緊張と不安定のなかで、いつかは破綻に至るしかない日々。そんな日々のなかで、「薫」に愛情を注ぐ母としての日常を守ろうと苦闘する希和子が、罪と愛との葛藤のなかに見せる強さと脆さを圧倒的な説得力で演じています。特に終盤で、写真館の場面での無言の演技の凄絶さは言語を絶するものがあります。井上真央は、実はこれまでノーマークで、この作品で初めて観たようなものでしたが、良い意味で予想を裏切られ(?)ました。出演者たちも皆、いい味を出しています。個人的にはエンジェルホームで、希和子と親しくなる久美を演じた市川実和子と、(ある意味ではすべての不幸の責任者ともいえる)恵理菜のだらしないダメ親父を演じる田中哲司の二人が結構味のある演技で良かったと思います。