井上提督のお名前は“またも負けたか四艦隊”のいくさ下手な提督の印象しかなかった。戦争をしらない日本海軍ファンである小生にとっては少年時代より山口多聞少将が“飛龍”の名とともに深い印象のあるものだった。齢40を超え、子を持ち、歴史について少し知恵がついたのか 海軍左派三羽ガラスの一人である井上提督の男の頑固さ-きちんとした理屈に裏付けられた-に共感を覚える。 葉山に住む小生は逗子よりバスに乗り提督終焉の地、長井を訪れた。三国同盟に反対し戦争終結に奔走した提督を偲んだ。 立派な男だと思う。 凛とした頑固さ。これからの人生をそんな気概で送りたいものだ。
最もアメリカを知り、最も航空機を知り、最も真珠湾攻撃に反対しながら、その指揮を執った男。 歴史は何故、よりにもよってこれほどの男に、最も望まない道を歩ませるのか?連合艦隊司令長官に至る上巻に続き、小説というよりノンフィクションにように詳しい物語はいよいよ佳境。元々が暗い話なのだが、特にこの下巻は暗い。でも、こういう人がいたことを、知って欲しい。
山本五十六、井上成美と並ぶ阿川氏の提督三部作の一つ。国を挙げての熱狂の中、命を懸けて三国同盟に反対し、日本を終戦に導いた沈黙の提督米内光政。私観を一切廃し、米内の半生が史実を元に淡々と描かれており、数々のエピソードを通じて、その苦悩、その人柄を窺い知ることができる。狂騒の時代に、軍政家としてでなく人としてよくぞ冷静なる判断を下してくれた、と読後に一服の清涼感さえ覚える一書である。
本書を含めた、阿川弘之の海軍提督三部作を読むと、もう他の伝記作品は読めないのではないかと思われる程、素晴らしい伝記文学である。 伝記というとどうしても偉人崇拝的な筆致になる嫌いがあるが、本書ではそれは見受けられない。例えば、山本五十六が大本営参謀辻政信により、陸軍の厳しい戦況を訴えられ、海軍の応援を約束する行で、「山本はハラハラと涙をこぼし」とある。普通なら、「山本はそれほど情に厚い将軍であった」となるだろうが、本書では、「これは本当かどうかわからない」と続くのである。 漫然と読んでいてはなんだかよくわからないのも、本書の特徴に一つであろう。つまり、読者に考える余地を与えてくれているのである。しっかり頭を働かせながら、深く読めば、山本五十六という「人間」を見つめ、歴史的にみてかれに良かった点、悪かった点を冷静に見つめることとなる。そして結局、「でもやはり、偉大は人物であった」ということになるのではなかろうか。これは、「海軍提督三部作」に共通して言える事である。 生きるとは何か、戦とは何か、組織とは何か、歴史的、大局的認識に基づいた判断とは何か・・・。考えずには居れない作品である。
新潮社が「これまで本を書いていただいたなかに、このようなときにこそ話を聞いてみたい方」に「震災以降、私たちはどのように考え、どのように行動し、どのように生きていくべきなのか」を訊いた本です。したがって、『日本復興計画』(大前研一)のように、復興の“ビジョン”の提案を試みた本ではありません。「(今回の震災は)第三の敗戦」という人がいる一方で「いつだって大変な時代」という人もいますし、異論を感じた部分はたくさんありましたが、逐一批判することは控えます。当方の心に留まった部分をご紹介することで、レビューに代えさせて戴きます。
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◆p.98〜108(南直哉)
(「共にある」「元気を与える」という)これら紋切り型の言葉は、何も言えない人間が、それでも何かを言うことを迫られて、他にどうしようもなく使うとき、…言えないという無力さの自覚があって、言うことが許されるのだ。……ある圧倒的な現実に直面したものが、その無力さにおいて、かろうじて発する言葉ことこそ祈りである。……「融通と節制」を、やむをえない我慢などではなく、我々の選択した意志として、結実させなければならない…そのためにどうしても必要なのは…他者との断絶において思い知る無力さを、再び自覚することなのだ。
◆p.129(大井玄)
明治初期のベルツや、今回外国人が感銘を受けた災害後の平均的日本人の行動がよく似ているとすれば、…それは江戸時代鎖国日本において完成されているから、「閉鎖系倫理意識」と呼ぶことができよう。…狭く資源の乏しい環境で、勤勉に働き、妥協を重ね、争わずに生きる間に作られた生存戦略意識である。
◆p.169(橋本治)
統一地方選挙なんかよりも、私は総選挙というものをやった方がいいと思う。戦後の焼け跡の中で、日本人は「新しい政治家を選びだす」ということをやったのだ。その結果が玉石混淆だったとしても、我々はもう一度、本当に日本の国のあり方を考え直すために、政治家を選び直すべきだと思う。そして、長い時間をかけて、政治家を育てて行くべきだと思う。
◆p.178(瀬戸内寂聴)
(被災者の皆さま、)どうか緊張と不安を少しでもいたわり、控えめでつつましい忍耐強い日頃の美徳を解放して、わがままになってください。あなたたちの犠牲の上に、難を逃れた私たちは日夜、夢の中までも、命の恩人のあなたたちの御苦労を分け持たせてほしいと、切に願い祈り続けているのです。
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