このアルバムを最初に聴いたとき、エリック・サティが提唱した「家具の音楽」というのをふと思い出した。日当たりの良い部屋で、お気に入りの家具に囲まれて、時折その木肌の感触に心を和ませながらすごすひと時。それがあるだけで、そこにいるだけで満ち足りた気持ちになれる空間。
サティの本来の定義とどこまで合致しているかはわからないが、そんな心地よい感覚を味わうことができる作品だと思う。再生ボタンを押すだけで耳と心にスッと入ってくる、不思議な優しさと柔らかさがある。
メンバーはいずれも実績ある実力派だが、全員がしのぎを削るソロ合戦を見せるような曲はない。アンサンブルを重視したストイックな演奏で全体がきれいにまとまっている。それに加え、全体的な音質も抑え気味というかおとなしい感じに仕上がっていて、聴き疲れることがない。
ピアノトリオといってもスウィング系の曲は皆無で、8ビートが主体。いわゆるジャズトリオを期待している人は眉をひそめそうだが、私としてはこの構成でこういう音楽というのが実に新鮮に感じられる。pf和泉宏隆らしい、耳に残る爽やかなメロディーとドラマティックな展開が気持ち良い<2>と<9>は、特にお勧め。また、<2>は野呂一生とのユニットVoyageの「Silver Lake」と、<9>は神保彰、鳥山雄司とのトリオPyramidによるバージョンと聴き比べてみると面白い。エレキベースをギターのように操り、縦横無尽・融通無碍なメロディーを繰り出すb村上聖のプレイも圧巻である(<3>、<8>の作曲も担当)。<8>は昔のチック・コリアのバンドを思わせるようなムードが異彩を放っている。
秋田のプライベートスタジオという録音環境も影響しているのか、どこか牧歌的でのびのびとした雰囲気がとても印象的。CDの帯にある「オーガニックサウンドの新天地」という表現は、まさに言い得て妙と言うほかはない。これはヘタにEQ調整などせずに、原音のままで楽しんだほうがいいだろう。印象派の絵画を思わせるようなジャケット/ブックレットのアートも音楽のイメージそのままで、しげしげと眺めてしまう。
使い慣れた家具のようにいつまでも付き合っていけそうなCDが、また1枚増えた。
トリオでのCDが続いていた和泉さんの新譜は、本領発揮のソロピアノでのCDとなりました。
このような選曲になったのはどうしてかな?と思っていまいしたが、ライナーノーツを見て納得!!
ある意味、和泉さんの音楽人生が凝縮された1枚なのだな、と感じました。J−ジャズのフュージョン部門で4位に入るのも納得。もっと上位に入ってもらいたい1枚です。
クラシックを学んでいたとき、ウクレレで弾いた加山雄三さんの「お嫁においで」で気づいたコードネームによるポップミュージックの和音の世界。これが、和泉さんのその後の人生を方向付けたのでしょう。
そして、尊敬するラーシュヤンソンさんの、美しいジャズの世界。「Giving Receiving」は、日本語に訳せば「持ちつ持たれつ」とでもなるでしょうか?。ほんとうに美しいメロディーで名曲です。
また、自分の音楽を確立してきた中で生まれた名曲「Forgotten Saga」や「Terra De Verde」「Earth Song」などが、今回新たにフルコーラスで収録されています。
さらに、T−スクエア安藤さんの名バラード「Harts」も収録されています。前々から取り上げたかった曲のようですが、ギターのリフなどをピアノに置き換えるのに難儀されたようです。今回、原曲のもつしっとりとして雄大な曲想をソロピアノで十分表現されていて、これも必聴です。
……お勧めしたい、一日の時の移ろいをモチーフにした4部作(2002年リリース)のパート1。「Forgotten Saga」に比べると、よりプレーンというか、唱歌のように素直な、歌うような曲が増えた。「たからじま」の制作が影響しているのだろうか。
「朝」の音楽なのに、のっけからマイナー調のクールな曲で、おや?と思わせる。<2>は言わずと知れたサイモン&ガーファンクルのカバーだが、和泉宏隆らしいドラマティックでダイナミックな弾きっぷりが原曲のイメージにマッチしていて、気持ちのよい一曲。どれも奇をてらった変拍子や速弾き、頻繁な転調といった小手先のテクニックに頼らず、一音一音がリスナーの耳に届くようしっかりと間を取ってピアノを鳴らしきっているという感じで、音に説得力があり、聴いていて疲れない。終わりの3曲は特に美しい。
個人的には、このシリーズはジョージ・ウィンストンの“四季4部作”にも比肩する内容だと思っている(和泉作品のほうが分かりやすくて親しみが持てるが)。オーディオの傍らに常備しておいて、耳と心が乾いてきたら掛けたくなるような作品である。テーマは「朝」だが、特に時間帯は気にしなくても自然に楽しめる。
しかし、収録時間38分はいかんせん短すぎる!80分ギリギリまで“イズミズム”の世界に浸っていたい……という痛切な思いを込めて、星4つ。
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