僕はもう、同じ設定で毎回同じ失敗をやらかす、この人の話が好きでたまらない。
嫌な人は一冊読んだらもうウンザリなのかもしれないが、僕は新刊が出ると読まずにいられない。
おまけに今回は、くるぞくるぞとわくわくしてるところを、肩透かしするなんて話も。いやそんなつもりかは知らないけど。
暗渠の宿、過去作に比べれば迫力不足ですが楽しめました。
車谷長吉の作品は我々読者の心を揺さぶる。それも感動ではなく、見なくてもよいものを、無理矢理みせられるような心持である。「詩や小説を書くことは救済の装置であると同時に、一つの悪である。」とあとがきに車谷自身が書いている。彼は救済されるかも知れないが、その副作用で読者である我々は谷底に突き落とされる。なにもここまで書かなくとも。。。その毒にあたるともう読み進めるしか解決方法がないように感じてくる。そこがこの作者の力量である。
車谷長吉という作家の名前も知りませんでしたし、赤目四十八瀧心中未遂という名の小説も聞いたことがありませんでした。ただ、どこかで、尼崎のことを書いた小説とあったのを思い出し、たまたま、市の図書館で見かけたとき、借りて読んだのです。すごい迫力の小説、人間の何もかもをこんなに掘り下げて書けるものなのかなと感動しました。 登場人物と尼崎(アマ)と関西の混沌とした人の渦が一つになって、 立ち上がって動き出してくるという感じ、ゴッホの絵のように体にズシンと響く小説でした。図書館で本を返して、早速にアマゾンへ彼の文庫本を申し込みました。
作家の観念が顕れている著作である。題名は「疾風」の意味で
彼を突然に襲った狂気(強迫神経症)をことこまかに描写し
振り返り、筆舌に尽くせぬ苦労をされた夫人(高橋順子)の
介護をも詩(『時の雨』所収)から引用して語られる。
一日中手を洗わずにはいられない業苦。洗うのをやめたときは「死」。
これを乗り越えた夫婦。そして、不潔とされたのがアロエと援助
交際真っ盛りの時代の女子高生のルーズソックスというのは興味
深い。ヒトとしてもっとも大切な性をカネに変える手段である風俗
と売春の象徴であるからだ。作家車谷の作品における通奏低音は
女性をモノやたんなるセックスの道具とみなさないフェミニズム
であるのは、ほかの作品、たとえば『赤目四十八滝心中未遂』に
みられる「性」のありかたのように明白である。
作家車谷の人としての潔い生き方への探求が如実に顕れている作品集だ。
自ら主役の適性を確信し申し出たという寺島しのぶさんは、 確かに正しかった。 最後の一瞬に初めて、笑うことが出来た主人公の男を演じて見せた 荒戸源次郎氏のその笑顔にも、ゾクッとさせられました。
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