繊細な心の持ち主であればこのノンフィクション小説を読み、切ない気持ちになり同情するであろう。決して残虐だけではない。
■ちくま文庫の《怪奇探偵小説傑作選》《怪奇探偵小説名作選》のシリーズは、名アンソロジスト・日下三蔵氏の企画編集によるものである。日下氏は重要な仕事を良くこなしておられると思う。 ■本書には、海野十三の主要な短編が手際よく網羅されている。目次から拾うなら「電気風呂の怪死事件」「振動魔」「爬虫館事件」「俘囚」「人間灰」「不思議なる空間断層」「生きている腸」「三人の双生児」。これらの代表短編により海野ワールドが堪能できる構成となっている。 ■さらに本書には、三一書房版『海野十三全集』未収録の小説・随筆等が5編収録され、これが大変貴重だ。メモしておくと、1「点眼器殺人事件」、2「顔」、3「盲光線事件」、4「『三人の双生児』の故郷に帰る」、5「盲光線事件(!脚本)」。どれも貴重なものだが、特にありがたいのが4。これは海野が故郷・徳島市のことを綴った非常に珍しい望郷ルポで、幼少時の原風景を記した重要文献といえる。しかも初出誌『シュピオ』の誌面から写真7点を復刻掲載している(撮影者は海野)。海野が小学3年まで住んでいた徳島市安宅町の家や彼が遊んだ四所(ししょ)神社の風景などが、鮮明に再現されており申し分ない。これは快挙といってよい。この随筆1本だけでも、本書購入の価値は十分あると私は思う。 ■筑摩書房はこの種の作品集を大事にする版元なので、本書も5年くらいは流通するのではないか。入門書として最適であり、新たな海野ファン獲得に大いに貢献するものと思われる。本書は、大きな成果だった。
本書は、空想科学小説作家海野十三(うんの・じゅうざ)の戦中日記である。期間は、1944年(昭和19年)末から約一年間。東京・若林(世田谷区)に住む海野家の上空を、米軍機が轟音をたてて飛び交う。そんな状況が、科学者らしい正確さとリアリティをもって記録されている。米機による最初の空襲は、昭和19年11月1日。その後、空襲は日増しに激しさを増す。家族ともども防空壕に逃げ込んだり、戻ったりの日々だ。間隙をぬって、作家仲間や旧友と交流し、情報交換や生活用品の物々交換をする。1945年(昭和20年)3月には、嫁いだ娘の付き添いで鹿児島へ行く。往復で6六日もかかる旅だった。鹿児島に向かう列車の窓から、神戸南部の工場地帯が燃えているのが見る。そんな記録も出てきた。海野十三にとって神戸の地は第二の故郷。小学校三年から神戸一中(現神戸高校)卒業まで過ごした地だ。 広島の原爆投下は8月10日付の新聞で知る。日記には「これまでに書かれた空想小説などに原子爆弾の発明に成功した国が世界を制覇するであろうと書かれているが、まさに今日、そのような夢物語が登場しつつある」と記していた。日本のSF界の父といわれる海野十三が書き残した同時代の記録は、六十年の歳月を経ていまだに色褪せていない。海野十三は、1897年(明治30年)徳島市の生まれ。小学校三年のとき、父が神戸税関に転職したので神戸に転居する。神戸一中卒業後、早稲田大学理工学部に学び、逓信省電気試験所に勤務した。その後、電気特許事務所を開き、夜は小説を書く生活を続ける。「新青年」「オール読物」や少年雑誌を舞台にロケットや宇宙船が登場する空想科学小説を書き人気を得る。終戦直後、一家で自殺を図ろうとするが、思いとどまる。しかし、戦後間もない1949年(昭和24年)に、結核のため死去した。51歳だった。
■2004年7月25日に、長山靖生編『海野十三戦争小説傑作集』(中公文庫、286頁)が出た。海野が昭和12年から19年にかけて発表した戦争テーマの短編小説11編を収めている。内6編は、三一書房版『海野十三全集』未収録作品だ(「空襲下の国境線」「若き電信兵の最後」「アドバルーンの秘密」「探偵西へ飛ぶ」「撃滅」「防空都市未来記」)。長山氏の行き届いた解説が相変らず冴え渡っている。 ■中公文庫は昨(2003)年7月25日にも海野十三の『赤道南下』(314頁)と、長山氏編のアンソロジー『明治・大正・昭和 日米架空戦記集成』(海野の昭和8年発表の短編「空ゆかば」収録、292頁)を刊行している。『赤道南下』は三一書房版『全集』では抄録、「空ゆかば」は同『全集』未収録作品だった。 ■これらの背景には没後50年が経過したことによる著作権解除があるにせよ、全集を補完する作品集が今もなお刊行され続けることは、ファンや徳島県にとって本当にありがたいことだといえよう。海野十三の会理事として版元・編者等出版関係者に深く感謝したい。
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