主人公は40代独身のローカル新聞記者。
弟夫婦の体調不良・事故などの理由で、生後間もない姪っ子「なずな」を引き取る。
もちろん子育てしたことのない彼は、
たびたびのミルク・排泄・入浴などの世話に明け暮れ、疲弊する。
しかし、なずなを連れてあるくことによって、
今まで接点がなかった人たちと関係を築き、またなずなの視点から
新しいものが見えてくる。
なずなの視点でものをみることで、周りの空気を感じ、その中の粒子まで、
感じるようになるのだ。
そして、弟夫婦の状況が改善し、なずなを手放すとき、
彼は悟る。なずなを守っているように思っていて、実は彼女に守られていたのだと。
男性が描く、乳児の様子が、女性が描くものととても違うなと思いました。
冷静に、観察しているという感じ。でも堀江氏の客観的な描写の底辺には
いつも静かな愛情を感じてしまう。
大きな事件があるわけでもなく、静かな毎日の繰り返しと小さな変化を描く、
読んでいて心が豊かになるような小説でした。
堀江敏幸のエッセイに追悼文の形で文章が収められていて、それが非常にこころがこもっていたので読んでみました。実は、恥ずかしながら須賀敦子の存在さえ堀江敏幸の文章を読むまで知らなかったのですが、あまりの素晴らしさに気持ちが震えました。イタリアに暮らした10数年の回想をまとめたものですが、様々な人との出会いと別れが、飾ることのない丁寧な文章で綴られています。ミラノに拠点を置いたカトリック左派のコルセア書店での交流を通して、印象に残ったひとびとの人生の一場面をイタリア(おもにミラノ)を背景に、決して近道を選ばず、おおげさに騒ぎたてもせず、しとやかにじっくり描きこまれています。それは、非常にリアルな細密描写ではなくて、印象派の画家たちの筆致に似ています。練りに練り、考えに考え、鍛えに鍛えたその文体は、全く過不足なく、読者たる私を勝手知ったる者のようにミラノの場面に誘います。「美しい日本語」とひとことでは片づけられない、でも紛れもなく美しい日本語が脳髄に沁み込む。どこが美しいのか文章を読み返しても定かには分からず、ただただ須賀氏の思いの深さに圧倒され、感動は深く深くこころの底にまで浸透していきます。あ〜、こんな文章を書くひとがいたんだという、私にとってはあまりにも遅い発見が腹立たしくもあり、本を読んでいて本当に良かったとしみじみと思います。
まず手にとってページを開いてみればわかるけど、改行なしの文章がずんずんと進んでいきます。そして舞台は運河のある街の探偵のようななんでも屋のような枕木氏の事務所内。そこに依頼というか相談をかかえた熊埜御堂(くまのみどう)氏がやってきます。外は激しい雷雨になって、話は一進一退するうちにアシスタントというか事務員の郷子さんが帰ってきます。最初2人、1人加わって3人の会話だけで物語が進んでいきます。ただその話はあっちへそれて、こっちに転がって一向に進みません。この間、枕木氏はやたらにインスタントのコーヒーを飲み、熊埜御堂氏はハラの具合を悪くし、郷子さんは空腹になって横たわったりします。話は延々と横道にそれまくったかと思うといきなり核心に触れてグイグイ進むかと思わせておいてまた果てしなく横道にそれて……。読み終えると、また最初から読み返したくなってしまう1冊。3人それぞれの言葉に「うんうん」「そうそう」「あるある」といちいちうなずきながら、読む人はいつしか3人のうちのだれか、もしくは話に出てくるだれかに感情移入していくという次第。ちなみに題名の『燃焼のための習作』とは……推理しながら読み進めましょう!
著者の堀江敏幸は1964年生まれだからまだ40歳である(2004年現在)。それが一番の驚きだ。若いときから老け役でいい味を出してる役者というのがいるが、まさにそんな感じではないだろうか。雪沼(という架空の地方)とその周辺に住む、地道な人々の地道な人生。だからこその“生き方”や“こだわり”や“強さ”がどうして著者には判ってしまうのだろう。体験的なものなのか、感性なのか、想像力なのか。流行、マスプロダクト、欲望といったもの対極にある人生観、世界観。都会や現代を語らずに都会や現代に対する批判になっている。読んでいて癒される感覚があり、その癒しも高いレベルのものであることがわかる。でもこの心地のよさは僕にとって唯一のものとして認めるには、あまりに枯れていて、謙虚で、きれいでありすぎる。バランスが崩れかかってる時、またこの人の著書に手を伸ばしてしまいそうな予感はする。
ジョルジョ・モランディのことを、美術の門外漢である私はずっと知らなかった。2000年3月に刊行開始された須賀敦子全集(河出書房新社刊)、その外函に、ルイジ・ギッリが撮影したモランディのアトリエ写真が使われ、はじめて名前を知った。 生涯描いた絵の、ほとんどのモチーフが花瓶や壺であった。第4章アトリエ モランディでは、この世のものとも思えない、静謐、明澄な空間が映し出されている。 岡田温司氏の巻頭解説が詳しい。ジョルジョ・モランディの生涯と作品を紹介した、唯一の書であるまいか。この画家に興味を持った人は、必読である。
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